行政刷新会議事業仕分けに関わる声明文について
このたびの行政刷新会議による事業仕分けに関し、急なお願いをいたしましたが、その都度対応して頂き感謝申し上げます。
日本蛋白質科学会理事会は11月28日に理事会を開催して、行政刷新会議事業仕分けに関して、下記の2つの決議を出席者全員の合意によって声明として纏めました。これらの声明を11月28日に文部科学省(大臣、川端達夫殿;副大臣、中川正春殿;政務官、後藤斎殿)宛に送り、科学技術立国を目指すにふさわしい予算編成を求めました。
これらの声明は会員の皆様の総意に沿っていると思っていますが、様々な観点からご意見を頂ければ幸いです。
また、引き続きパブリックコメントは受け付けていますので、より多くの会員の皆様がご意見を上げてくださることを再度お願いいたします。行政刷新会議ワーキンググループの評価結果およびパブリックコメントの送り先等は、11月19日付のメールをご覧ください。
平成21年11月28日
日本蛋白質科学会会長 月原 冨武
蛋白質科学研究を危うくする SPring-8 予算縮減案に対する反対声明
日本蛋白質科学会 理事会
日本蛋白質科学会会長 月原 冨武
行政刷新会議第3ワーキンググループにおいて「大型放射光施設(スプリング8)については、少なくとも1/3から1/2の縮減を求める。」という判定がなされました。この判定とその根拠としている論点には、蛋白質科学をはじめとする基礎科学の重要性を全く無視したものです。「SPring-8 予算の 1/3-1/2 の縮減」の実施に反対します。
SPring-8 では大学等の研究者を中心に、蛋白質関係だけでも年間約150課題の研究を実施しています。全国の研究者は、この大型施設を活用してその成果を学術論文に活発に報告し、その論文数は年間約550報に達しています。また、研究実践の中で大学院生等をはじめ若手研究者の育成を行っています。行政刷新会議では、いくつかの理由を挙げて予算の大幅縮減が提案されました。その理由の主柱をなすものは、「年間86億円の国費を投入しているのにも関わらず、収入が3億円しかないのは施設として有用でない」ということです。この結論の根底にあるものは、基礎科学の成果を企業における営利活動と同列視するものであり、基礎科学の健全な発展を著しく損なうものです。真理の探究を行う基礎科学が国民、人類の幸福と無縁であって良いというわけでは決してありません。しかし、その効果が出てくる時期が容易に予測できないところが、企業における活動と決定的に異なります。行政刷新会議での議論を見ていますと、本来基礎研究であるものに対して短期間での経済的利益まで求める傾向があります。国の支援による基礎研究から出発して応用研究として結実する場合もありますが、実際に製品化を指向する段階に入れば国の支援から離れて企業と研究者の共同に移って進められます。外国での事例になりますが、新型インフルエンザ治療薬のタミフル並びにリレンザの開発は、蛋白質結晶学から始まって製品に至ったケースです。その研究は20年以上前には純粋な蛋白質結晶学の基礎研究として行われていたもので、応用研究として評価されていたわけではありません。基礎研究は基礎研究として評価されなければならないにもかかわらず、行政刷新会議でその議論がされることなく予算が査定されているところに大きな問題があると考えます。
行政刷新会議の議論の中で、「諸外国において無料で使うことができる施設があるのであれば、そこに出かけて使えば安くついて良いのではないか」という議論もありました。これは、企業における経済性優先の考えを持ち込むもので、学術研究における国際的協調、協力を著しく妨げるものです。世界の放射光施設はいずれも、「利用料」という収益を生み出すために作られたものではなく、これらが生み出す「利益」は人類共通の財産としての基礎科学研究の成果です。過去には一度英国の放射光施設(SRS Daresbury Laboratory)で一般利用を有料制にしたところ外国の放射光にユーザーが流れて、結果として施設のレベルの低下を来たしてしまった大失敗の事例があります。
ここで、蛋白質結晶学を発展させてきたその国際性について少し詳しく述べます。蛋白質結晶学の母体となった結晶学はその原理となる発見が1914年のノーベル賞に輝いて以来、14件(24名)が受賞しています。そのうち9件が蛋白質など生体物質の結晶構造研究によるものです。蛋白質結晶学の進歩は実験手法や構造解析手法の進歩に依存するところが大きく、開発された最新の構造解析ソフトウエアは非営利の研究者には世界のどこからでも、原則無料で使用できる仕組みができています。また、各国にある放射光施設も世界の非営利の研究者には無料で開放されています。それぞれの施設には特徴が有り、研究者は利便性を考慮しつつ目的にあった施設を利用できます。2009年のノーベル化学賞を受賞したイスラエルのヨナス博士や1988年ノーベル化学賞受賞者のミヘル博士も、未だ放射光施設が少なかった時代にはしばしば高エネルギー物理学研究所(現・高エネルギー加速器科学研究機構)の放射光実験施設(PF)に来て実験をしていました。蛋白質結晶学の分野は国際協力、研究の公開性が極めて高い分野であり、この国際性がこの分野の進歩を支えてきたといえます。近年、東アジアにおいても中国、韓国、台湾に放射光施設が稼働しており、我が国の施設と協力し合っています。こうした中で日本の施設だけが有料化して運用することが、如何に学術研究の国際協調を台無しにするものか明白です。
行政刷新会議の SPring-8 のところで出されたものではありませんが、全国規模の大型施設と基礎研究の関係についても触れておきます。「基礎研究における画期的な発展は独創的な個人研究によってもたらされる」という見解があります。それは間違っていませんが、その個人研究を支えたのが、しばしば公的支援によって運用される大型施設であったことを忘れてはなりません。我が国の2つの放射光施設(SPring-8 と PF)は蛋白質研究に完全に解放されており、利用の便も図られています。その結果、多くの研究者はこれらの放射光施設を自由な発想に基づく研究のために利用しています。また、これらの大型施設が蛋白質科学分野の発展とその普及を加速しており、生物化学、細胞生物学、医学など周辺の科学の進歩に大きく貢献しています。国のレベルでなければ建設することが難しい基礎研究のための大型設備は、その運転経費も巨額で国の援助があって初めて運転が可能になるのが通例です。そうすることによって地道に研究を行っている基礎科学の研究者に独創的な研究の可能性を広げることができ、ひいては、我が国および世界の科学の水準を高めて人類の幸福に貢献することができるのです。
以上のことから、我が国の蛋白質科学、基礎科学の健全な発展を著しく妨げる「SPring-8 予算の 1/3-1/2 の縮減」の実施に、蛋白質科学会として強く反対します。
平成21年11月28日
基礎研究と人材育成に関する蛋白質科学会理事会声明
日本蛋白質科学会 理事会
日本蛋白質科学会会長 月原 冨武
基礎研究の価値を収益性で判断することから脱却し、科学技術立国の立場に立った予算編成が行われることを求めます。
来年度予算編成に向けて、行政刷新会議による「事業仕分け」が11月27日に終わりました。基礎科学、科学技術や人材育成などについてその結果を見ますと,科学技術創造立国を危うくする判断が下されたと危惧せざるをえません。例えば、我々に関係の深い「ターゲットタンパク研究プログラム」については、元々基礎研究であり、成果をあげているにも拘わらず、“創薬” の成果がないとして予算縮減の判定を行っています。先行した「タンパク3000プログラム」についても、プログラムが目指した立体構造の網羅的カタログ化と構造・機能研究の推進という、パブリックな情報として将来の生命科学をブーストするための目的(ヒトゲノム計画も基本的に同じ戦略でありました)を誤解して、失敗であったと決めつけており、蛋白質研究を通してライフサイエンスへの貢献を推進する本学会としてとうてい見過ごせない事実誤認が有ります。主として基礎研究を支えている大規模放射光施設 “SPring-8” においても、収益が少ないとして大幅縮減の判定を行い、蛋白質結晶学をはじめとする蛋白質の基礎研究に壊滅的な打撃を与える恐れが出ています。また、我が国の科学技術研究の基盤設備となる「次世代スーパーコンピューティング技術の推進」事業は,世界一である必要がないというような創造的研究を行う者にとって唖然とする理由で「事実上の凍結」との判断が下されています。行政刷新会議事業仕分けにおいてこのような判断がなされた背景には、基礎研究といえども収益性があるかどうかを重視する考えがあると思われます。応用展開を念頭に置く基礎研究も大いに推進しなければならないことは、科学技術立国を目指す我が国にとって自明のことです。しかし、それが短期的な収益性を基準にして推進されるならば、決して実りのある成果は得られないでしょう。
自然科学における基礎研究の成果は、様々な分野への応用の可能性を秘めるにとどまらず、自然および生命の理解を深めます。このこと自体が私達にとって大きな喜びと刺激を与えてくれていますが、子供たちの夢も育てています。
我が国の科学技術を持続的に発展させるために、女性研究者支援と若手研究者育成は焦眉の課題になっており、蛋白質科学会でも重視して取り組んでいるところです。ところが、これらに関わる事業に対しても,予算縮減等の判断が下されました。その過程で、博士研究員等若手研究者支援を“過保護”として切り捨て、将来の科学技術を担うべき博士研究員が奮闘している実情を全く把握しないで論じている有様です。若手研究者の力なくして成り立つ最先端の研究があるでしょうか。中国などが非常な勢いで人材育成に投資している今、若手研究者や女性研究者層を拡充せずして我が国の科学技術の将来は有りません。科学技術創造立国という目標を標榜しながら、その哲学に立脚した判断がなされているとは思えません。
以上、日本蛋白質科学会理事会は、“基礎研究の価値を収益性で判断することから脱却し、科学技術立国に立ち返った予算編成が行われる” ことを強く求めます。
平成21年11月28日