追悼 〜井本 泰治 先生〜
大阪大学蛋白質研究所・名誉教授 中村 春木
日本蛋白質科学会の名誉会員である井本 泰治先生の訃報に接し、たいへん驚くとともに残念でなりません。井本先生が深く関わられた当学会の前身である日本蛋白工学会および初期の蛋白工学研究の歴史とともに、井本先生のご貢献を振り返ってみたいと思います。
日本蛋白工学会を故池原 森男先生が1988年に会長として設立された際には、井本先生は副会長として第1回日本蛋白工学会年会の開催に尽力されました。私は1987年8月に東大工学部から吹田に新設された蛋白工学研究所に移動し、所長の池原先生の薦めにより蛋白工学会の理事を務めることになりました。その時以来、井本先生とはひとまわり以上も年齢が離れているにもかかわらず知遇を賜り、学会活動における種々の対応につきたいへん親切にご教示いただきました。この日本蛋白工学会の主催により、1989年には第2回となるProtein Engineering国際会議(Protein Engineering ’89)が、池原先生を会長とし井本先生を副会長として神戸において開催されました。この国際会議開催により、一気に日本国内での蛋白工学研究が進展したことは強く記憶に残っております。
日本蛋白工学会はその後も2000年まで毎年年会を開催しました。1996年には第8回年会が福岡で開催され、井本先生はその開催に大きくご尽力されたことを記憶しております。2001年には、この日本蛋白工学会とタンパク質構造討論会、および文部省の科学研究費重点領域研究から出発したタンパク質の立体構造構築原理研究会の3者が母体となって、日本蛋白質科学会が設立されました。
井本先生は、国際的な蛋白工学研究のパイオニア的存在として当時の先端的研究を主導されておられました。その蛋白工学研究に対する広い知見と深い学識に基づき、英国のOxford Pressから出版されたProtein Engineering誌の編集委員を、1996年の創刊時から務めておられました。1987年のProtein Engineering誌のVolume 1には、井本先生が著者となった論文が3報も出版されています。私は蛋白工学研究所に移動した後の1992年から、主にBioinformaticsおよび理論・計算研究分野の担当として、井本先生と分担し同誌のAssociate Editorを務めることになりました。私がこの業務を務めることに際しては、井本先生のご推薦があったものと思っております。当時は、投稿論文の受け取り・査読・採否の決定通知などの業務は、全て国内外の郵便を使った紙ベースで実施されておりましたが、編集委員として先輩であった井本先生からは、このような国際学会誌編集のノウハウをご教示いただき、たいへん助かったことを良く覚えております。このProtein Engineering誌は、その後名称を変更し、Protein Engineering, Design & Selection(PEDS)誌として現在に至っております。
井本先生個人としての多数の研究業績に加えて、蛋白工学および蛋白質科学に対する大きなご貢献に、改めて感銘を受けております。井本先生には、蛋白質科学および蛋白質工学の今後の進展を見守っていただきたかったと、ご逝去を心から悼みます。
追悼 井本泰治先生
九州大学・名誉教授 植田 正
本学会名誉会員であり、九州大学名誉教授の井本泰治先生が2026年6月18日にご逝去されました。井本先生は1958年九州大学農学部に入学され、1962年同学部農芸化学科を卒業後、引き続き大学院に進学し、1967年博士後期課程を修了されました。
卒業研究から船津 勝教授の研究室で、林 勝哉助教授のご指導の下、ニワトリ卵白に多量に含まれる酵素リゾチーム(ニワトリ卵白リゾチーム、以下リゾチームと記す)の構造と機能の研究を開始され、N-アセチルグルコサミンの3量体(リゾチームの基質の構成成分)の存在下で、リゾチーム内のTrp残基由来のUVスペクトルがシフトすることをUV差スペクトル法にて明らかにし、基質結合部位にTrp残基が存在することを示しました。また、Trp残基選択的化学修飾剤であるN-ブロモスクシンイミド(NBS)により、当該Trp残基の修飾程度に伴いリゾチームの活性が低下すること、それが62番目のTrp残基あることを証明し、リゾチーム基質結合部位の決定に成功しました1,2。このことは、まだ酵素の立体構造が明らかになっていない時代に実施された研究で、酵素が化学反応を触媒する性質を持っておりその機能を発揮するには酵素と化学反応を受ける化合物が近接する必要があることを示したものです。1965年に英国オックスフォード大学のPhillipsのグループは、X線結晶解析により世界で最初にリゾチームの立体構造を解析し、リゾチームの折れたたみ構造、空間的なアミノ酸の位置関係を明らかにしました3。Phillipsらは、同時期にN-アセチルグルコサミンの3量体とリゾチームの複合体の立体構造も併せて解明しましたが、それとリゾチームとの相互作用に関する情報は十分に得られなかったので、J. Biochem.の研究結果1,2を踏まえて、リゾチームの構造と触媒作用に関する論文を発表しました4。この論文はその後数十年にわたり、リゾチームの構造と触媒作用に関する研究において広く引用されました。
井本先生は博士号取得後、米国アリゾナ大学のRupley教授の研究室で博士研究員として、化学修飾により触媒活性が消失したリゾチームの研究を実施しました。ヨードイオンを酵素リゾチームに反応させることで、リゾチームの触媒活性が消失することを示しました。そこで、どのような化学反応が触媒活性を消失したリゾチームで起きているか、どのアミノ酸残基が触媒と関連するかを解析したところ、リゾチームの活性部位が35番目のGlu残基であることを証明しました5。これらの内容を含めた、リゾチームの構造と機能に関する種々の研究アプローチに関する総説を井本先生が筆頭著者で執筆しました6。この総説は世界中のタンパク質関連の研究論文で何千回も引用されています。
井本先生は九州大学薬学部教授に就任した後、1985年頃から同部局の堀内忠郎教授、三木健良助教授との共同研究により、本邦でいち早く遺伝子工学の手法をリゾチーム研究に取り入れ、100種以上の部位特異的にアミノ酸変異したリゾチームを作成し、その一次構造、機能、特性について詳細に解析しました。併せて、50種以上の変異リゾチームについては立体構造を解析して、機能、物性、構造の関連を明らかにしました。その結果、リゾチームのアミノ酸残基を部位特異的に変換した場合、往々にしてリゾチームの折れたたみ構造にはほとんど影響しないことを見出しました。また、一連のリゾチーム変異体の種々の解析により、タンパク質の安定性を向上させる方策の提唱、タンパク質内のアミノ酸残基の化学変化機構の解明、酵素の内部運動が酵素の活性発現と密接な関係があること、タンパク質を分解する酵素であるプロテーゼの多くが変性構造をとったタンパク質を優先的に分解することなど示しました。1992年九州大学薬学部の改組により講座名が「免疫薬品学」に変更された後、タンパク質の改変に伴う免疫原性に着目して研究を実施し、免疫原性の低下に関するいくつかの方策を提唱しました。
これらの研究成果に対し、1974年に「リゾチームの活性中心構造に関する化学的ならびに物理化学的研究」という題目で日本農芸化学奨励賞、2002年に「蛋白質研究の基盤確立とその薬学分野への展開」という題目で日本薬学会学術貢献賞、2019年春に長年の教育功労として瑞宝中綬章が授与されています。
1978年井本先生は38歳の若さで九州大学薬学部教授に就任しました。当時私は大学3年生でした。学生時代は研究室で厳しく指導されましたが、私が研究室スタッフになりしばらくして、課外活動や学会終了後などで井本先生の懐の深い人柄に触れることができるようになりました。研究室創立の節目や井本先生の還暦、退職などの祝事に開催した同門会には沢山の卒業生が参集し、多くの卒業生から人気がありました。ここに謹んで哀悼の意を表します。