回折測定~実験室系~(改訂)

東京大学大学院・薬学系研究科・蛋白構造生物学教室


  • キーワードX線回折装置回折データクライオ実験
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概要

様々な条件を探索した結果得られた結晶が構造解析に適したものであるかは X 線をあてることによって判断する。良好な結晶であれば引き続きデータ収集を行うが、1セットあたり数時間かかる。本稿では実験室で行う回折測定について標準的な方法を述べる。

装置・器具

X 線発生装置:高輝度の X 線を得るために微小焦点を備え、さらに単色 X 線を得るための集光ミラーを備えたものが望ましい((株)リガク MicroMax-007 HF、FR-X など)。

実験室系で最高輝度の X 線発生装置は上記の回転対陰極型の発生装置であるが、近年では集光系の発展により封入型 X 線管を X 線源とした装置も見直されている。著者は使用したことがないが第3世代のマイクロフォーカス密閉管 X 線発生装置では 100 μm 以下のマイクロフォーカス X 線によって小さな結晶でもデータ収集が可能となっており、低電力消費、長寿命であり、メンテナンスも簡単という生産性の面で大きな利点がある。実験室系での測定は結晶の質のチェックのみで、シンクロトロン放射光でデータ収集を行うという目的に合致した装置といえるかもしれない((株)リガク MicroMax-003 など)。

X 線検出器:実験室ではイメージングプレートを利用した検出器がよく利用されている((株)リガク R-AXIS VII など)。

イメージングプレート X 線検出器 R-AXIS VII は販売終了となった。実験室系でも直接検出、単一光子計数検出方式の検出器((株)リガク HyPix-6000 など)が標準となりつつある。

試料吹付低温装置:大気中から抽出した窒素ガスを極低温冷凍機を使って熱交換することにより低温窒素ガスを発生させる装置である。現在はタンパク質結晶解析に必須のものといえる((株)リガク)。

データ処理用、データ解析用のコンピューター:通常のパソコンでも十分可能である。ソフトウェアのほうも Linux をはじめ Windows などにも対応しているものが多い。

実体顕微鏡:結晶は小さいので顕微鏡を用いながら結晶を取り扱うことになる((株)ニコン SMZ シリーズなど)。

結晶取り扱い用器具、クライオ用器具:結晶を取り扱うための器具やクライオ用の器具は例えばハンプトンリサーチ社(http://www.hamptonresearch.com/)から様々なものが発売されている(図1)。クライオピン(クリスタルキャップやゴニオメーターベースの名前で販売)は金属製とプラスチック製のものがあるが、シンクロトロン放射光施設ではプラスチック製のピンは使用できないため金属製のピンを推奨する。放射光での測定を想定している場合は使用するビームラインによって適切な長さがあるので留意する(KEK、SPring-8 では金属のキャップ部分を含めて 22 mm)。クライオループはハンプトンリサーチ社のナイロンループや、より X 線照射時のバックグラウンドノイズを発生しにくいポリイミドを素材としたループ(Mitegen 社やプロテインウェーブ社)も使用される。放射光で測定することを想定している場合は長さ 18 mm として販売されているものを使用する。実験室での回折測定で結晶のチェックをした後、シンクロトロン放射光で測定する際には結晶を専用の容器に入れる必要がある。Universal V1Puck(Uni-Puck)は KEK、SPring-8 をはじめとする世界中のシンクロトロン放射光施設で使用できる輸送用パックであり、必要な器具一式が Crystal Positioning System 社から販売されている(図2)。

  • クライオピン
  • クライオループ
  • クライオトング
  • バイアルクランプ
  • マグネティックワンド
  • デュワー瓶
  • Universal V1Puck(Uni-Puck 一式)

ドライシッパー・液体窒素タンク(移動用、保存用):シンクロトン放射光で測定する結晶は Uni-Puck につめた結晶をドライシッパー(Taylor Wharton CX100 Dry Shipper など)に入れて郵送する。また結晶保存用の大型タンクがあると多くの結晶を長期間ストックできる(MVE など(http://www.mysci.co.jp/))。

実験手順

  1. 装置類(X 線発生装置・試料吹付装置など)のチェック
  2. 結晶のマウント、センタリング
  3. 回折データのチェックと強度測定
  4. 強度データの評価
  5. 結晶の回収

実験の詳細

1. 装置類(X 線発生装置・試料吹付装置など)のチェック

毎回チェックする必要はないがビームストッパーの位置、光学系のアライメント、送水装置の水量や結晶を置く位置での温度などを時々チェックする。また所属機関で X 線業務従事者登録を行った後に配布されるフィルムバッジを着用し、X 線の被爆には十分気をつける。ほとんどの装置はインターロックによって被爆を防ぐ機構が搭載されているが、あらかじめ確認しておく。X 線発生装置はいきなり定格出力まで上げるのではなく、徐々に電圧を上げ、次に電流を装置の定格出力まで上げる(エージング)。

2. 結晶のマウント、センタリング

抗凍結条件を充たした母液に結晶を移しクライオループによりすくい上げゴニオメーターヘッドにのせる(図3)。結晶をのせる際は窒素気流をカードで遮った状態でゴニオメーターヘッドにのせ、素早くカードを取り除いて窒素気流を結晶にあてる(フラッシュクーリング)。通常のゴニオメーターヘッドには直交するアークと直交するそりがある。望遠鏡をのぞきながら高さをあわせ、さらに結晶が視野の十字の中心になるようそりを動かしてあわせる(センタリング)。連続測定する際は結晶を回転させながら測定することになるので、ゴニオメーターを回しても中心から外れないようにあわせる。結晶が窒素気流からはずれないように、ダミーのループであらかじめセンタリングをしておく。結晶が板状である場合や小さい場合はゴニオメーター上で回転させたときに X 線があたる面積が最大となる角度を記録して回折データのチェックの際にその角度で測定することで X 線が結晶にあたりやすい。実験室系の X 線回折装置は振動などの衝撃によって X 線の照射位置が変動しやすく、まめにメンテナンスをしていないとよく照射位置がずれるため、十字の中心に照射されないこともあるので注意が必要。カメラ長は短くするほど高分解能の回折データを取得できるが、回折斑点が重なりやすくなるので、予想分解能(初めての試料では希望分解能)に合わせて決める。

3. 回折データのチェックと強度測定

実際に X 線をあてて 1° 程度の振動写真をとり、そのイメージ像から回折データをチェックする。同様に結晶を 90° 回転させて 1° 程度の振動写真をとる。露光時間は結晶の大きさやX線発生装置の強度にもよるが数十秒~数分ぐらいである。チェックする項目はその結晶の分解能、単結晶か否か、モザイク性、反射の重なりなどである。アイスリング(同心円状に現れる氷に由来する粉末回折パターン)が出ている場合は対処が必要となる。ループに少量の霜が付着している場合(梅雨の時期は湿度が高く付着しやすい)は液体窒素をループにかけると落ちることがある。ダメな場合は試料吹付装置の窒素気流をカードで遮り、5–10秒後に再び窒素気流をあてる(アニーリング)。アニーリングはうまくいくこともあるが失敗する可能性もあるので注意が必要である。場合によってはクライオ条件を再検討する。振動範囲、カメラ長やコンピューターの残りのディスク容量をチェック後、連続測定をする。一枚あたりの露光時間は実験室系では1分から数分程度であろう。1° の振動写真を180枚(180° 分)とるとすれば、1枚あたりの露光時間が1分で約3時間かかることになる。

4. 強度データの評価

良好なデータか否かを判断するのにいくつかの指標がある。まずは分解能である。これは回折点がどこまで遠く観測されたかであり、3 Å が一つの目安といえる(膜タンパク質などはもっと分解能が悪いことが多い)。以前は等価な反射強度のばらつき具合を示す指標として \(R_{merge}\) が使用されたが、最近は \(\mathrm{I/{\sigma}(I)}\) や \(\mathrm{CC}_{1/2}\) を指標に分解能を判断するのが一般的である(統一的な基準はないが \(\mathrm{I/{\sigma}(I)}\) が1.5ないし2.0以上あるいは \(\mathrm{CC}_{1/2}\) が0.5以上を分解能の1つの基準とすることが多い)。データの完全性は90%以上、強度の S/N 比を表す \(\mathrm{I/{\sigma}(I)}\) は最外殻でも2以上、同じデータを何回記録したかを表す多重度は最外殻でも2–3が望ましい。これらのことを総合して判断する。

5. 結晶の回収

シンクロトロン放射光でより高精度なデータ収集を行うために、実験室ではデータ収集を行わずに結晶のチェックを行うだけで結晶を回収し、そのまま液体窒素中に保存しておくことも頻繁に行われる。液体窒素で充分冷やした クライオトングで素早く結晶がのっているクライオピンごと回収して Uni-Puck につめるか、一旦キャップをしてケーンに取り付けて液体窒素中で保存する。

工夫とコツ

データ収集する上での注意点

結晶の対称性によってデータ収集する範囲が異なる。シミュレーションプログラムを使って何度分をとればいいのか(180° 分データ収集すれば問題ない)、カメラ距離・1枚あたりの振動範囲は大丈夫か(反射が重ならないか、どこまでの分解能が狙えるか)をチェックする。

実験室系の長所とは?

X 線の強度や輝度、得られるデータの質はシンクロトロン放射光には及ばないものの、実験室系での X 線実験の最大の長所は “いつでも好きなときに” 行えることである。さらには時間の制約がなく、慣れた環境でできることもまた長所といえよう。シンクロトロン放射光施設で効率よく実験するためにも実験室系の操作に十分習熟しておくことが大切だと思われる。

その結晶は “もの” の結晶?

結晶が得られたときそれは目的とした “もの” の結晶であろうか? 大きさがある程度(0.1 mm 以上)あれば X 線をあてて判断するのが確実であろう。また結晶を溶かして SDS-PAGE で確認することもよく行われる(特に複合体結晶を狙っているとき)。塩の結晶かどうかは針で砕いてみたり(蛋白質結晶はもろい)、対照実験をおこなったりして判断する。対照実験のときは蛋白質を溶かしている溶液も加えることに留意。蛋白質結晶を染める試薬(Izit など)も利用されるが結晶によっては染まらないこともある。トリプトファンの蛍光を利用したタンパク質結晶 UV 観察装置もあり、脂質メソフェーズ(LCP)法で結晶化した膜タンパク質の微小結晶の識別に有効である。

X 線発生装置は多くの場合銅をターゲットとしているため X 線の波長は 1.5418 Å となるが、さらに長波長の X 線が得られるクロムあるいはコバルトをターゲットとして蛋白質中に含まれる硫黄原子の異常分散効果を狙って構造を解く試みもなされている。

概要

様々な条件を探索した結果得られた結晶が構造解析に適したものであるかは X 線をあてることによって判断する。良好な結晶であれば引き続きデータ収集を行うが、1セットあたり数時間かかる。本稿では実験室で行う回折測定について標準的な方法を述べる。

装置・器具

X 線発生装置:高輝度の X 線を得るために微小焦点を備え、さらに単色 X 線を得るための集光ミラーを備えたものが望ましい((株)リガク MicroMax-007 HF、FR-X など)。

実験室系で最高輝度の X 線発生装置は上記の回転対陰極型の発生装置であるが、近年では集光系の発展により封入型 X 線管を X 線源とした装置も見直されている。著者は使用したことがないが第3世代のマイクロフォーカス密閉管 X 線発生装置では 100 μm 以下のマイクロフォーカス X 線によって小さな結晶でもデータ収集が可能となっており、低電力消費、長寿命であり、メンテナンスも簡単という生産性の面で大きな利点がある。実験室系での測定は結晶の質のチェックのみで、シンクロトロン放射光でデータ収集を行うという目的に合致した装置といえるかもしれない((株)リガク MicroMax-003 など)。

X 線検出器:実験室ではイメージングプレートを利用した検出器がよく利用されている((株)リガク R-AXIS VII など)。

イメージングプレート X 線検出器 R-AXIS VII は販売終了となった。実験室系でも直接検出、単一光子計数検出方式の検出器((株)リガク HyPix-6000 など)が標準となりつつある。

試料吹付低温装置:大気中から抽出した窒素ガスを極低温冷凍機を使って熱交換することにより低温窒素ガスを発生させる装置である。現在はタンパク質結晶解析に必須のものといえる((株)リガク)。

データ処理用、データ解析用のコンピューター:通常のパソコンでも十分可能である。ソフトウェアのほうも Linux をはじめ Windows などにも対応しているものが多い。

実体顕微鏡:結晶は小さいので顕微鏡を用いながら結晶を取り扱うことになる((株)ニコン SMZ シリーズなど)。

結晶取り扱い用器具、クライオ用器具:結晶を取り扱うための器具やクライオ用の器具は例えばハンプトンリサーチ社(http://www.hamptonresearch.com/)から様々なものが発売されている(図1)。クライオピン(クリスタルキャップやゴニオメーターベースの名前で販売)は金属製とプラスチック製のものがあるが、シンクロトロン放射光施設ではプラスチック製のピンは使用できないため金属製のピンを推奨する。放射光での測定を想定している場合は使用するビームラインによって適切な長さがあるので留意する(KEK、SPring-8 では金属のキャップ部分を含めて 22 mm)。クライオループはハンプトンリサーチ社のナイロンループや、より X 線照射時のバックグラウンドノイズを発生しにくいポリイミドを素材としたループ(Mitegen 社やプロテインウェーブ社)も使用される。放射光で測定することを想定している場合は長さ 18 mm として販売されているものを使用する。実験室での回折測定で結晶のチェックをした後、シンクロトロン放射光で測定する際には結晶を専用の容器に入れる必要がある。Universal V1Puck(Uni-Puck)は KEK、SPring-8 をはじめとする世界中のシンクロトロン放射光施設で使用できる輸送用パックであり、必要な器具一式が Crystal Positioning System 社から販売されている(図2)。

  • クライオピン
  • クライオループ
  • クライオトング
  • バイアルクランプ
  • マグネティックワンド
  • デュワー瓶
  • Universal V1Puck(Uni-Puck 一式)

ドライシッパー・液体窒素タンク(移動用、保存用):シンクロトン放射光で測定する結晶は Uni-Puck につめた結晶をドライシッパー(Taylor Wharton CX100 Dry Shipper など)に入れて郵送する。また結晶保存用の大型タンクがあると多くの結晶を長期間ストックできる(MVE など(http://www.mysci.co.jp/))。

実験手順

  1. 装置類(X 線発生装置・試料吹付装置など)のチェック
  2. 結晶のマウント、センタリング
  3. 回折データのチェックと強度測定
  4. 強度データの評価
  5. 結晶の回収

実験の詳細

1. 装置類(X 線発生装置・試料吹付装置など)のチェック

毎回チェックする必要はないがビームストッパーの位置、光学系のアライメント、送水装置の水量や結晶を置く位置での温度などを時々チェックする。また所属機関で X 線業務従事者登録を行った後に配布されるフィルムバッジを着用し、X 線の被爆には十分気をつける。ほとんどの装置はインターロックによって被爆を防ぐ機構が搭載されているが、あらかじめ確認しておく。X 線発生装置はいきなり定格出力まで上げるのではなく、徐々に電圧を上げ、次に電流を装置の定格出力まで上げる(エージング)。

2. 結晶のマウント、センタリング

抗凍結条件を充たした母液に結晶を移しクライオループによりすくい上げゴニオメーターヘッドにのせる(図3)。結晶をのせる際は窒素気流をカードで遮った状態でゴニオメーターヘッドにのせ、素早くカードを取り除いて窒素気流を結晶にあてる(フラッシュクーリング)。通常のゴニオメーターヘッドには直交するアークと直交するそりがある。望遠鏡をのぞきながら高さをあわせ、さらに結晶が視野の十字の中心になるようそりを動かしてあわせる(センタリング)。連続測定する際は結晶を回転させながら測定することになるので、ゴニオメーターを回しても中心から外れないようにあわせる。結晶が窒素気流からはずれないように、ダミーのループであらかじめセンタリングをしておく。結晶が板状である場合や小さい場合はゴニオメーター上で回転させたときに X 線があたる面積が最大となる角度を記録して回折データのチェックの際にその角度で測定することで X 線が結晶にあたりやすい。実験室系の X 線回折装置は振動などの衝撃によって X 線の照射位置が変動しやすく、まめにメンテナンスをしていないとよく照射位置がずれるため、十字の中心に照射されないこともあるので注意が必要。カメラ長は短くするほど高分解能の回折データを取得できるが、回折斑点が重なりやすくなるので、予想分解能(初めての試料では希望分解能)に合わせて決める。

3. 回折データのチェックと強度測定

実際に X 線をあてて 1° 程度の振動写真をとり、そのイメージ像から回折データをチェックする。同様に結晶を 90° 回転させて 1° 程度の振動写真をとる。露光時間は結晶の大きさやX線発生装置の強度にもよるが数十秒~数分ぐらいである。チェックする項目はその結晶の分解能、単結晶か否か、モザイク性、反射の重なりなどである。アイスリング(同心円状に現れる氷に由来する粉末回折パターン)が出ている場合は対処が必要となる。ループに少量の霜が付着している場合(梅雨の時期は湿度が高く付着しやすい)は液体窒素をループにかけると落ちることがある。ダメな場合は試料吹付装置の窒素気流をカードで遮り、5–10秒後に再び窒素気流をあてる(アニーリング)。アニーリングはうまくいくこともあるが失敗する可能性もあるので注意が必要である。場合によってはクライオ条件を再検討する。振動範囲、カメラ長やコンピューターの残りのディスク容量をチェック後、連続測定をする。一枚あたりの露光時間は実験室系では1分から数分程度であろう。1° の振動写真を180枚(180° 分)とるとすれば、1枚あたりの露光時間が1分で約3時間かかることになる。

4. 強度データの評価

良好なデータか否かを判断するのにいくつかの指標がある。まずは分解能である。これは回折点がどこまで遠く観測されたかであり、3 Å が一つの目安といえる(膜タンパク質などはもっと分解能が悪いことが多い)。以前は等価な反射強度のばらつき具合を示す指標として \(R_{merge}\) が使用されたが、最近は \(\mathrm{I/{\sigma}(I)}\) や \(\mathrm{CC}_{1/2}\) を指標に分解能を判断するのが一般的である(統一的な基準はないが \(\mathrm{I/{\sigma}(I)}\) が1.5ないし2.0以上あるいは \(\mathrm{CC}_{1/2}\) が0.5以上を分解能の1つの基準とすることが多い)。データの完全性は90%以上、強度の S/N 比を表す \(\mathrm{I/{\sigma}(I)}\) は最外殻でも2以上、同じデータを何回記録したかを表す多重度は最外殻でも2–3が望ましい。これらのことを総合して判断する。

5. 結晶の回収

シンクロトロン放射光でより高精度なデータ収集を行うために、実験室ではデータ収集を行わずに結晶のチェックを行うだけで結晶を回収し、そのまま液体窒素中に保存しておくことも頻繁に行われる。液体窒素で充分冷やした クライオトングで素早く結晶がのっているクライオピンごと回収して Uni-Puck につめるか、一旦キャップをしてケーンに取り付けて液体窒素中で保存する。

工夫とコツ

データ収集する上での注意点

結晶の対称性によってデータ収集する範囲が異なる。シミュレーションプログラムを使って何度分をとればいいのか(180° 分データ収集すれば問題ない)、カメラ距離・1枚あたりの振動範囲は大丈夫か(反射が重ならないか、どこまでの分解能が狙えるか)をチェックする。

実験室系の長所とは?

X 線の強度や輝度、得られるデータの質はシンクロトロン放射光には及ばないものの、実験室系での X 線実験の最大の長所は “いつでも好きなときに” 行えることである。さらには時間の制約がなく、慣れた環境でできることもまた長所といえよう。シンクロトロン放射光施設で効率よく実験するためにも実験室系の操作に十分習熟しておくことが大切だと思われる。

その結晶は “もの” の結晶?

結晶が得られたときそれは目的とした “もの” の結晶であろうか? 大きさがある程度(0.1 mm 以上)あれば X 線をあてて判断するのが確実であろう。また結晶を溶かして SDS-PAGE で確認することもよく行われる(特に複合体結晶を狙っているとき)。塩の結晶かどうかは針で砕いてみたり(蛋白質結晶はもろい)、対照実験をおこなったりして判断する。対照実験のときは蛋白質を溶かしている溶液も加えることに留意。蛋白質結晶を染める試薬(Izit など)も利用されるが結晶によっては染まらないこともある。トリプトファンの蛍光を利用したタンパク質結晶 UV 観察装置もあり、脂質メソフェーズ(LCP)法で結晶化した膜タンパク質の微小結晶の識別に有効である。

X 線発生装置は多くの場合銅をターゲットとしているため X 線の波長は 1.5418 Å となるが、さらに長波長の X 線が得られるクロムあるいはコバルトをターゲットとして蛋白質中に含まれる硫黄原子の異常分散効果を狙って構造を解く試みもなされている。

改訂履歴

2021年1月5日 改訂

  • p.1 「所属」および「共著者」を変更・追加。
  • p.1 「概要」の説明文の一部を修正。
    “半日から1日” → “数時間”
  • p.1 「装置・器具」に記載の「X線発生装置」について、回転対陰極型、封入型、密閉管 X 線発生装置など実験室系の発生装置に関する説明とそれらの用途に関する記述を追加。
    “実験室系で最高輝度の X 線発生装置は上記の回転対陰極型の発生装置であるが、近年では集光系の発展により封入型X線管を X 線源とした装置も見直されている。著者は使用したことがないが第3世代のマイクロフォーカス密閉管X線発生装置では 100 μm 以下のマイクロフォーカス X 線によって小さな結晶でもデータ収集が可能となっており、低電力消費、長寿命であり、メンテナンスも簡単という生産性の面で大きな利点がある。実験室系での測定は結晶の質のチェックのみで、シンクロトロン放射光でデータ収集を行うという目的に合致した装置といえるかもしれない。((株)リガク MicroMax-003 など)”
  • p.1 「装置・器具」に記載の「X 線検出器」について、単一光子計数検出方式に関する記述を追加。
    “イメージングプレート X 線検出器 R-AXIS VII は販売終了となった。実験室系でも直接検出、単一光子計数検出方式の検出器((株)リガク HyPix-6000 など)が標準となりつつある。”
  • p.2 「装置・器具」に記載の「結晶取り扱い器具、クライオ用器具」について、クライオ実験に用いられる各器具の詳細と、結晶の輸送に用いられる Universal V1Puck(Uni-Puck) に関する説明を追加。
    クライオピン(クリスタルキャップやゴニオメーターベースの名前で販売)は金属製とプラスチック製のものがあるが、シンクロトロン放射光施設ではプラスチック製のピンは使用できないため金属製のピンを推奨する。放射光での測定を想定している場合は使用するビームラインによって適切な長さがあるので留意する(KEK、SPring-8 では金属のキャップ部分を含めて 22 mm)。クライオループはハンプトンリサーチ社のナイロンループや、よりX線照射時のバックグラウンドノイズを発生しにくいポリイミドを素材としたループ(Mitegen 社やプロテインウェーブ社)も使用される。放射光で測定することを想定している場合は長さ 18 mm として販売されているものを使用する。実験室での回折測定で結晶のチェックをした後、シンクロトロン放射光で測定する際には結晶を専用の容器に入れる必要がある。Universal V1Puck(Uni-Puck)は KEK, SPring-8 をはじめとする世界中のシンクロトロン放射光施設で使用できる輸送用パックであり、必要な器具一式が Crystal Positioning System 社から販売されている(図2)。
    クライオピン
    クライオループ
    クライオトング
    バイアルクランプ
    マグネティックワンド
    デュワー瓶
    Universal V1Puck(Uni-Puck 一式)
  • p.2 「装置・器具」に記載の「液体窒素タンク(移動用、保存用)」について、ドライシッパーに関する説明を追加。
    “シンクロトン放射光で測定する結晶は Uni-Puck につめた結晶をドライシッパー(Taylor Wharton CX100 Dry Shipper など)に入れて郵送する。”
  • p.3 「実験の詳細」に記載の「装置類(X 線発生装置・試料吹付装置など)のチェック」について、インターロック、エージングに関する説明を追加。
    “ほとんどの装置はインターロックによって被爆を防ぐ機構が搭載されているが、あらかじめ確認しておく。X 線発生装置はいきなり定格出力まで上げるのではなく、徐々に電圧を上げ、次に電流を装置の定格出力まで上げる(エージング)。”
  • p.3 「実験の詳細」に記載の「結晶のマウント、センタリング」について、フラッシュクーリング、センタリングに関する説明を追加。
    “結晶をのせる際は窒素気流をカードで遮った状態でゴニオメーターヘッドにのせ、素早くカードを取り除いて窒素気流を結晶にあてる(フラッシュクーリング)。”
    “(センタリング)。連続測定する際は結晶を回転させながら測定することになるので、ゴニオメーターを回しても中心から外れないようにあわせる。”
    “結晶が板状である場合や小さい場合はゴニオメーター上で回転させたときに X 線があたる面積が最大となる角度を記録して回折データのチェックの際にその角度で測定することで X 線が結晶にあたりやすい。実験室系の X 線回折装置は振動などの衝撃によって X 線の照射位置が変動しやすく、まめにメンテナンスをしていないとよく照射位置がずれるため、十字の中心に照射されないこともあるので注意が必要。カメラ長は短くするほど高分解能の回折データを取得できるが、回折斑点が重なりやすくなるので、予想分解能(初めての試料では希望分解能)に合わせて決める。”
  • p.3–4 「実験の詳細」に記載の「回折データのチェックと強度測定」について、振動角、露光時間、アイスリング、アニーリングの各項目に関する説明を追加。 “同様に結晶を90°回転させて1°程度の振動写真をとる。露光時間は結晶の大きさや X 線発生装置の強度にもよるが数十秒~数分ぐらいである。”
    “アイスリング(同心円状に現れる氷に由来する粉末回折パターン)が出ている場合は対処が必要となる。ループに少量の霜が付着している場合(梅雨の時期は湿度が高く付着しやすい)は液体窒素をループにかけると落ちることがある。ダメな場合は試料吹付装置の窒素気流をカードで遮り、5–10秒後に再び窒素気流をあてる(アニーリング)。アニーリングはうまくいくこともあるが失敗する可能性もあるので注意が必要である。場合によってはクライオ条件を再検討する。”
    “一枚あたりの露光時間は実験室系では1分から数分程度であろう。1°の振動写真を180枚(180°分)とるとすれば、1枚あたりの露光時間が1分で約3時間かかることになる。”
  • p.4 「実験の詳細」に記載の「強度データの評価」について、I/σ(I)、CC1/2の各項目に関する説明を追加。
    “以前は等価な反射強度のばらつき具合を示す指標として \(R_{merge}\) が使用されたが、最近は \(\mathrm{I/{\sigma}(I)}\) や \(\mathrm{CC_{1/2}}\) を指標に分解能を判断するのが一般的である(統一的な基準はないが \(\mathrm{I/{\sigma}(I)}\) が1.5ないし2.0以上あるいは \(\mathrm{CC_{1/2}}\) が0.5以上を分解能の1つの基準とすることが多い)。”
  • p.4 「実験の詳細」に記載の「結晶の回収」について、液体窒素中に回収する方法に関する記述を追加。
    “液体窒素で充分冷やした クライオトングで素早く結晶がのっているクライオピンごと回収して Uni-Puck につめるか、一旦キャップをしてケーンに取り付けて液体窒素中で保存する。”
  • p.5 「工夫とコツ」に記載の「その結晶は “もの” の結晶」について、タンパク質結晶 UV 観察装置に関する記述を追加。
    “トリプトファンの蛍光を利用したタンパク質結晶 UV 観察装置もあり、脂質メソフェーズ(LCP)法で結晶化した膜タンパク質の微小結晶の識別に有効である。”
  • p.6 図1 代表的なクライオ器具を改訂
  • p.6 図2 Uni-Puck 一式を追加
  • p.7 図2の追加に伴い、図番号を図2から図3に変更
改訂前の PDF
  • 代表的なクライオ器具
    図1:代表的なクライオ器具
  • Uni-Puck 一式
    図2:Uni-Puck 一式
  • 結晶ドロップからクライオループを使って抗凍結条件を充たした母液に結晶を移す。さらにゴニオメータヘッドにのせ望遠鏡をのぞきながらセンタリングする。白矢印は窒素気流の方向を表す。
    図3:結晶ドロップからクライオループを使って抗凍結条件を充たした母液に結晶を移す。さらにゴニオメータヘッドにのせ望遠鏡をのぞきながらセンタリングする。白矢印は窒素気流の方向を表す。