第4回産業用酵素シンポジウム/FSフォーラム~蛋白質科学と産業応用の新しい関係~開催報告

1産業技術総合研究所・セルエンジニアリング研究部門、2神戸大学大学院・医学研究科、3東京大学大学院・新領域創成科学研究科
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1:はじめに

2009年3月9日、東京大学本郷キャンパス・山上会館において産業技術総合研究所・セルエンジニアリング研究部門、東京大学・大学院新領域創成科学研究科を主催に第4回産業用酵素シンポジウム/FSフォーラム~蛋白質科学と産業応用の新しい関係~を開催した。準備委員の萩原が本講演会の模様をまとめ、報告させて頂く。

第1回から3回までの産業用酵素シンポジウムはタイトル通り、テーマを産業用酵素に絞った講演会として多くの聴衆にご好評を頂いてきた。本年は、サブタイトルにも示している様に『蛋白質科学と産業応用の新しい関係』の模索を趣旨として講演会を企画、開催した。その際、蛋白質医薬の発展等を鑑み、産業用酵素を広く捉えて医薬品についても『産業に役立つ蛋白質』として講演会の範疇に含むこととした。また、蛋白質の産業応用をさらに強力に押し進めるには基礎研究者と応用研究者の連携がますます重要になるとの観点から、産学官の各セクターから蛋白質科学、工学、産業応用に第一線で携わっている研究者の方々をお呼びした。

以下、講演順にその内容を概説させて頂く。

2:講演の概要

【開会挨拶】産総研・セルエンジニアリング 三宅 淳
 本講演会の主催団体である産総研・セルエンジニアリング研究部門、三宅 淳研究部門長より、開会にあたり酵素の高度利用は人間生活の質の向上、医療、エネルギーの視点から我々の生活を豊かにするフロンティアであり、本会を通じて新しい方向性、新しい潮流が生まれることを期待するとの挨拶を頂戴した。これに引き続き、全9名の講演者の方々より蛋白質の科学、工学、応用研究についての最新のトピックについて発表が行われた。

【脳の成長因子BDNF機能未知ドメインに潜む精神疾患発症の危険因子】産総研・セルエンジニアリング 小島 正己
 本講演会のトップバッターは産総研の小島氏にお願いした。小島氏は脳の神経成長因子であるBDNFの一塩基多型(SNPs)に着目し、その脳機能調節についての研究を細胞、固体レベルで進めている。分泌蛋白質であるBDNFはシグナル配列とプロドメイン有し、そのSNPsの多くはプロドメインに存在することが知られている。主要なSNPであるVal66Metの変異ではBDNFの分泌低下が観察され、またヒトエピソード記憶が影響を受けるそうである。最近のまれなSNPsであるR125M及びR127L変異を持つノックアウトマウスの研究では非常に興味深い表現型が見られた。これらのマウスの成長速度には異常が見られなかった、パニック症状に似た活動量の大、うつ病様の意欲低下、異常な意思決定などが観察された。一方で統合失調症試験については正常であった。R125M及びR127LのSNPsを持つ蛋白質は正常にプロセシングされず、前駆体のまま分泌される。さらにこれら変異体は培養細胞でアポトーシスを促進すること、及びSNPsを有するマウスでは海馬大脳皮質の小型化が観察されたとの報告があった。また、血中で顕著に前駆体の濃度が増加することを突き止めているそうで、難治性うつ病のバイオマーカとしても有望だとのコメントがあった。一般にプロドメインは蛋白質の構造形成(フォールディング)に重要であると考えられており、また分泌異常もフォールディングと蛋白質の品質管理に密接に関わっていることから、SNPs変異が及ぼす影響を構造や物性など蛋白質科学の視点で研究することは興味深く思われる。蛋白質を知ることが医療へと繋がる、この流れが期待される印象的な研究成果であった。

【HGFの蛋白質科学と医薬品開発】クリングルファーマ・彩都研/阪大・先端イノベ・再生創薬 福田 一弘
 クリングルファーマは大阪大学発ベンチャーであり、肝細胞増殖因子(HGF)を中心とした医薬品開発を行っている。現在、CHO細胞を利用したHGFのGMP製造を行っており、皮膚潰瘍や急性腎不全を対象とする臨床試験に入っているそうである。HGFはプラスミノーニゲンに似た蛋白質であるが、プロテアーゼとしての活性は持たない。一本鎖のプロHGFとして合成された後、HGFアクティベータなどの細胞外プロテアーゼにより切断され活性型となる。活性型HGFはα、β鎖からなるヘテロダイマーであるがジスルフィド結合で共有結合的に繋がっている。HGFはc-Metと呼ばれるレセプター型チロシンキナーゼに結合する。HGFとc-Metの結合は、HGFα鎖-c-MetとHGFβ鎖-c-Metの結合で成り立つが、このうちHGFβ鎖-c-Metのこの結合は偽プロテアーゼとしての基質認識部位を利用したものである。現在は組み換え体として生産しているHGFの活性化は血清由来のプロテアーゼを用いているが、市販のプロテアーゼであるGenenase Iを利用して活性化が可能な変異型HGFの作製も行っているとのことであった。一方、HGFをエラスターゼで切断すると、NK4とHGFβに分離する。この場合は2つのフラグメントはジスルフィドで結合しておらず、完全に分離することが可能である。また、分離したNK4とHGFβを再混合することで生物活性が回復する。NK4はHGFのアンタゴニストとして働くことが明らかとなっており、制ガン剤としての活用が検討されているようだ。質疑ではHGFのもガン細胞に対する効果が問われ、ガンの転移を促進する(ガン患者へのHGFの利用は避ける)との回答があった。制ガンにおけるNK4の作用点は転移の阻害である。加えてNK4は血管新生阻害作用を有しており、ガン細胞への酸素・栄養の補給を遮断する。HGFは現在、臨床試験の行われている皮膚潰瘍や急性腎不全に加え、劇症肝炎などの急性疾患や肝硬変、慢性腎不全などの慢性疾患、筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患にも有効だそうだ。ビデオでの紹介があったが、特に脊髄損傷に対する効果はまさに劇的と言うにふさわしい。実験ではHGFを投与しない対照では重篤な麻痺が見られたが、HGF投与群では4週間で完治したとの発表であった。近年、様々な蛋白質医薬が使われるようになってきているが、そこに新たにHGFが加わろうとしている。HGFの生産の効率化や低用量で効かせるための高機能化、さらにNK4のガン治療へ向けた利用高機能化など、蛋白質科学や工学の視点からも今後の発展に注目したい。

【組換え蛋白質製剤の研究と開発の狭間で考えること】化血研 中島 敏博
 中島氏より医薬品企業に於ける蛋白質研究についてのご講演を頂いた。まず蛋白質製剤が低分子薬剤とは大きく異なる点は、開発の初期段階から発現系と製造プロセスに手を付ける必要があること、同等性、同質性の検証が重要であることであるとの説明があった。続いて最近の研究成果として、ADAM13の発見とクローニングについての紹介があった。重篤な疾患である血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)では、血液凝固反応に重要なフォン・ヴィルブランド因子(VWF)の機能を調節する因子(VWF分解酵素)が顕著に減少していることが知られていた。化血研の研究グループはこの因子を同定、クローニングを行い、ADAMTS13と呼ばれる蛋白質であることを突き止めた。ADAMTS13はズリ応力に依存して機能発現する酵素でこの性質が本蛋白質の探索を困難にしていたようだ。バイオ医薬品といっても治療に要求される量は、薬剤によって大きく異なる。例えばインターフェロンでは100μg/kg、一方アルブミンでは10mg/kgと100倍も違うそうである。化血研では組換えアルブミンの酵母による生産を手がけており、血漿由来のアルブミンとの同質性を保証するためマススペクトル、結晶構造解析、薬剤結合能を利用していると紹介があった。抗体は現在最も注目されているバイオ医薬品である。ここで中島氏より抗体医薬品開発の一つのポイントして凝集体、則ち非特異的な会合体形成の問題が挙げられた。一つには抗体製剤が高濃度(5~125mg/mL)であること。また、培養が長期間にわたり、精製時にも酸処理など会合体の形成を促すプロセスがある。実際に中島氏は培養時に意図しない二量体が存在することを明らかにしている。会合体が生じ易いのか否か?これについては言うまでもなく抗体の熱安定性、pH耐性などの物性情報が鍵となる。研究開発が進んでから会合体の問題が出れば大変である。そこで、創薬の初期段階から候補となる抗体の物理化学的性質の調査、及びこれに基づく選択とエンジニアリングが必要であるとの中島氏の意見であった。最後にバイオ医薬品の抗原性の問題についての報告があった。抗体医薬品では種類により0から30%の抗抗体の産生が報告され、完全ヒト抗体であっても中和されることがある。原因として会合体の存在や配列などが考えられ、前者については精製段階等での除去、糖鎖、PEG化、後者については制御性T細胞を活性化するFc融合、抗原性予測プログラムの活用が挙げられた。会合体はアミロイドかとの質問があったが、アミロイドでは無いだろうとの回答であった。筆者の感想であるがアミロイドになり易い免疫グロブリンを数日にわたり撹拌、エアレーションして室温で発現することを考慮すると、場合によってはわずかながらアミロイドが出来るのかもしれない。

【細胞を使わないバイオテクノロジーを目指して】東大・新領域 上田 卓也
 続いて上田氏からは、まず東大・新領域創成科学研究科の生い立ちについてのご発表を頂いた。当該研究科は約11年前に部局の枠を越えた学融合を目指し、東大において学問を作り上げる極として東大・柏キャンパスに設置された。その際には4人のプロデューサー、さらにそれぞれに10人弱のアドバイザーを配して組織設計が行われたそうである。新領域創成科学研究科は基盤、環境、生命科学、情報生命の研究系からなり、上田氏の所属するメディカルゲノム専攻は生命科学研究系のもと5年前に生命科学から医学へのトランスレーショナルを目指した専攻として設置された。医学と医科学の違いについて、上田氏は医学は患者の治療が目的であるが、医科学では治療は科学の証明と捉えることができると説明した。この目的意識の垣根を越えることがトランスレーションの神髄なのであろうか、と考えさせられた。続いて無細胞蛋白質合成系の高度化についての成果が発表された。上田氏は大腸菌における蛋白質合成系因子を全て精製し、完全再構成型の無細胞蛋白質合成系の開発に成功、これをPUREシステムと名付けた。これを用いて大腸菌の全ORF、4132遺伝子について網羅的にその発現を調べた。分子量が小さく、等電点が酸性、またはアルカリ性に偏っているものが可溶性発現し易い傾向があるそうだ。さらに、凝集しやすい立体構造のパターン(フォールド)が存在することも明らかとなった。また、シャペロンの効果についても、PUREシステムの特徴を活かし網羅的に検討が進められている。その中で新たにトリガーファクターはあまり重要で無いことを示した。膜蛋白質についても膜透過因子をPUREシステムに導入することで合成が可能となっている。例としてF0F1-ATPaseの合成が試行され、αサブユニット、CRingの合成に成功、最終的にはF1部分も含めた全体の合成を目指しているとの報告であった。続いて現在のバイオテクノロジーは細胞ベースのものと分子ベースのものがあり、それぞれ制御困難、自己増殖不可の欠点があるとの問題提起がなされた。これらの欠点を同時に解消するのは人工細胞だとして、これに対応した上田氏の取組み、PUREシステムによる脂質代謝系、が紹介された。膜蛋白質の機能発現には脂質の種類が重要であることが分かってきており、脂質の選択が大事とのことであった。質疑では会場から、最終的には人工細胞にはどの程度の遺伝子数が必要だと考えられるのかと質問があり、数100個、おそらく200個程度との回答があった。講演中では、これからはSynthetic Biologyの概念が重要となる、則ち失敗したら必要な因子を足して行くという考え方が必要なのではなかろうかとの提言があった。

【ポスターセッション】
 19演題のポスター発表があった。十分なスペースがとれずにご迷惑をおかけしたが、発表者、参加者の方々には活発なご議論を展開して頂いた。個別の内容についてはポスター発表タイトル、発表者のリストを持って報告に代えさせて頂く。

【産業応用を目指した蛋白質相互作用研究】東大・新領域 津本 浩平
 本講演会の準備委員でもある津本氏より相互作用と産業応用をテーマとした講演を頂いた。まず蛋白質は既に医薬品として利用されているが、蛋白質の治療薬の成功には蛋白質の物理化学を理解することが重要であるとのコメントがあった。続いて抗体の相互作用についての報告があった。抗体工学への要請が高まっており、現在は次世代型の抗体医薬の開発が進められている。津本氏は医薬に適する抗体の性質として、特異的な集積、標的部位への抗体の移行率、移行速度、結合しない抗体の速やかなクリアランスを挙げ、こうした要件には抗体の分子量が関与すると説明した。続いて抗原抗体相互作用について、その解離速度と熱力学的効果についての報告があった。抗原結合に重要なアミノ酸残基はわずか数残基であり、これがホットスポットと呼ばれる。ホットスポットの相互作用では疎水性相互作用と電荷を持つアミノ酸の脱水和の寄与が顕著であるとのことだ。相補性決定領域(CDR)は柔らかいイメージがあるが成熟した抗体ではかなりきっちりした構造を持っており、相互作用時には水和水を利用する。抗EGF受容体抗体ではヒト化により親和性が顕著に低下するそうだ。抗シガトキシン抗体の研究からvan der Waalsの相互作用の寄与が大きく結合のエンタルピーは負、則ち発熱反応であることがわかった。このことから津本氏より低分子の抗原を認識する良い抗体が相互作用する時はその反応は発熱反応であり、これを指標に抗体のスクリーニングが出来るのではないかと提言された。続いて、アルギニンを題材として蛋白質と溶媒環境についての話題であった。蛋白質のフォールディングの添加剤には様々なものがあるが、例えばポリオールはフォールディングのエンハンサー、PEGやアルギニンはサプレッサーとして分類される。アルギニンを利用した一本鎖抗体の透析巻き戻し法は津本氏が開発したものであるが、スタンダードなプロトコールになりつつある。また、ゲル濾過時の非特異的な吸着の防止にはアルギニンは有効、更に驚いたことにアフィニティークロマト、金属キレート担体を使ったクロマトの溶出剤としてアルギニンを使うことができると報告された。このように実用的にはアルギニンの利用が進んでいるが、アルギニンが蛋白質に及ぼす影響はほとんど調べられていない。津本氏の発表によれば、アルギニンの特徴として、側鎖への相互作用は変性剤であるグアニジンと同じであるが、立体構造を変化、不安定化しないとのことだ。またアルギニン存在下での結晶構造解析からアルギニン濃度に依存して二相的に水和水が増加して減少するということが報告された。ポリアルギニンの効果について質問があったが、これは変性作用が大きくなるとの回答があった。

【洗剤酵素の絶えざる革新】花王・生科研 尾崎 克也
 花王は1987年に世界で初めてコンパクト洗剤を発売し、その時に使用された酵素は自社開発のアルカリセルラーゼであったそうだ。洗剤用酵素の高機能化は環境調和へ向けてこれから益々の需要が高くなると考えられる。尾崎氏からはBacillus属菌由来アルカリαアミラーゼK38とアルカリプロテアーゼKP43の高機能化についてのご講演を頂いた。洗剤中にはキレート剤、酸化剤が含まれるため、そこで使用する酵素にはこれらの添加物に対する耐性が求められる。アルカリαアミラーゼK38は優れたキレート剤、酸化剤耐性を有するが、これは、通常のαアミラーゼとは異なり分子中にCaの代わりにNaを持つという性質、また活性中心近傍に酸化剤による修飾を受け易いMetが存在しないこと、に由来するそうである。しかし、この酵素には食器洗浄機用洗剤としては耐熱性が低いという欠点が存在する。そこで、尾崎氏は耐熱性を有する他のアミラーゼとのキメラ酵素を作製、熱安定性の向上にはN末端領域が重要であることを突き止め、この部位にアミノ酸置換を導入することで熱安定性を向上させることに成功した。さらに、他のアミラーゼとの立体構造を参考にアルカリαアミラーゼK38にイオン結合増加させるべく部位特異的アミノ酸置換を行い、イオン結合による熱安定化にも成功した。これらの2つの蛋白質工学的改良により、アルカリαアミラーゼK38は50℃でも変性せず、実際に食器洗浄機で効果が見られることが明らかとなった。続いてアルカリプロテアーゼKP43の活性向上について成果の発表があった。本酵素は蛋白皮脂汚れに対して高い活性を有するが、さらに機能向上を図るため部位特的アミノ酸置換を行った。その結果、Tyr195位をAspやGly、CysやLeuに置換することでそれぞれ比活性、耐熱性が大きく向上することを見出した。現在、本酵素については保存安定性などの点でもさらに高性能な変異体の作製が進んでいるそうである。枯草菌ゲノム工学についても発表があり、酵素の大量発現に不必要な遺伝子を除去した枯草菌を発現ホストとすることで、実際に蛋白質の発現量が大幅に向上することが報告された。その後、活発な質疑応答が行われたが、その中で環境負荷の点では界面活性剤を使用しない洗剤が望ましいが、酵素の高機能化によってそれは可能になるのか?との質問に対し、尾崎氏より夢のようであるが、それを目指しているとの回答があった。一見遥か彼方に見えるゴールではあるが、まさに夢のある酵素開発の目標として印象に残った。

【蛋白質のフォールディングとアミロイド線維形成】 阪大・蛋白研 後藤 祐児
 後藤氏は、まず1962年のノーベル賞受賞者のスナップを示し、蛋白質のフォールディング研究の歴史の概説をスタートした。化学賞の受賞者はX線構造解析のペルーツとケンドリュー、医学生理学賞はDNA二重らせんのワトソン、クリック、ウィルキンスであり、分子生物学の幕開けを象徴する受賞者達である。その後、アンフィンゼンらの活躍により、『蛋白質の一次構造には立体構造を形成する情報が含まれている、それゆえ蛋白質は自発的にフォールディングする』という概念が確立されて行ったが、1990年代に入り蛋白質工学やフォールディング研究の展開の過程で蛋白質の凝集や沈着が大きな問題となり、その物性研究が進められた。その後、変異型牛海綿状脳症やアルツハイマー病等のアミロイド病の研究へと発展し現在に至る。また、最近では性腺刺激ホルモン放出ホルモンのアミロイドを徐放性の薬剤として使用する試みが発表され機能的アミロイド(functional amyloids)として注目を集めているとのことである。後藤氏は主に長期血液透析患者に見られる透析アミロイドーシスに直接的に関わるβ2ミクログロブリンのアミロイド形成の物理化学の研究を展開している。本講演では、まず全反射蛍光顕微鏡によるアミロイド伸長のリアルタイム直接観察についての報告があった。本研究ではアミロイドに特異的に吸着する蛍光試薬であるチオフラビンTを利用するところがミソであり、本技法の確立には本講演会の準備委員である浜田氏の貢献も大きい。様々な形態を持つアミロイドを撮影した、蛋白質が持つ不思議さ、奥深さが感じられる非常に美しい写真や動画が示された。また、実験の詳細については蛋白質科学会アーカイブ(伴匡人 et al., アミロイド線維の全反射蛍光顕微鏡による観察法, 蛋白質科学会アーカイブ,1, e042, 2008)にも記載がある。続いては最新の成果としてチオフラビンTの吸収波長へのレーザー照射によるアミロイド破壊について報告された。メカニズムについてはこれからの研究が待たれるが、おそらくラジカルが発生し、化学結合が破壊されることにより、アミロイドの溶解が起こるとのことであった。その後の質疑時間にも討論されたが、後藤氏はアミロイドの破壊は徹底的に行う必要があり、中途半端であると多数のアミロイド形成のきっかけとなるシードが溶液中に残ることになり、かえってアミロイド量が増加する結果になると強調された。続いて超音波によるアミロイド生成制御についての発表では、超音波をかけるサイクルによりアミロイドの形態を制御でき、可溶化している線維を造ることが可能、これをもとに詳細な構造解析が行えるかもしれないとの報告があった。さらにアミロイド構造のアミノ酸残基レベルの解析とその結果に基づくアミロイドの分子構造モデルについての報告がなされた。蛋白質の一次配列が特異的にその構造を規定するというアンフィンゼンの概念は、機能構造へとフォールディングした蛋白質構造については正しく、これは後藤氏によれば、蛋白質の昼の姿、その形態の多様さは「百花繚乱」と称される。一方、アミロイド、凝集体などは、蛋白質の機能的構造とは考えられず、対照的に夜の姿と呼ぶべきものであるが「百鬼夜行」では無く、蛋白質の「陰影礼讃」であるとのことだ。蛋白質の『明るい』面の研究とはひと味違ったアミロイドの蛋白質科学研究の着実な進展が機能性薬剤やナノ素材などの産業応用へと花開くことが期待される。

【無機多孔体との複合化による酵素の新機能発現】 豊田中研 梶野 勉
 まず梶野氏からは所属の豊田中央研究所は1960年にトヨタグループの出資により設立、現在は約1000人の職員を有するとの説明があった。バイオ分野では環境・エネルギーの視点からも研究を進めているとの紹介があった。続いて、酵素の使用用途を拡大することを目的として行った研究、3題についての報告が行われた。これらの研究はシリカ多孔体(Folded Sheet Material:FSM)やカーボン多孔体(Cgel)と酵素を組み合わせ、酵素を高機能化を目指したものである。まず、はじめにマンガンペルオキシダーゼの様々な細孔径を有するFSMへの固定化を行い、酵素の性質を変化させることが可能であるのか調べた。その結果、FSMへの固定化により、熱耐性、プロテアーゼ耐性が顕著に向上すること、および細孔のサイズと酵素の大きさがほぼ等しい時にその効果が最大になることを突き止めた。固定化操作は単純であり、FSMと酵素を混ぜるだけである。その固定化の効率を決める因子は蛋白質表面の正電荷、また細孔壁との相互作用であるとのことであった。実用面ではFSMへの固定化によるマンガンペルオキシダーゼの安定化により、塩素を使わずにパルプを漂白をするバイオプロセスの構築に成功、パイロットプラントのテストではパルプの白さやその性状も化学プロセスと同等のものが得られたそうだ。続いてFSMの光透過性を利用して光捕集機能を持つ膜蛋白質、Light Harvesting Protein II(LH2)の固定化についての報告があった。塩濃度を調節することで本蛋白質、則ち膜蛋白質の固定化に成功した。また、光機能の取り出しを目指し、クロロフィルとLiDH(lipoxyamid dehydrogenase)を混合し固定化し、細孔径を最適化したところ、電子伝達系の蛋白質(反応のメディエータ)無しにクロロフィルから酵素への電子移動反応が進むことを見出した。次に、3つ目のテーマであるCgelにマルチ銅オキシダーゼを固定した酵素電極の作製成功についての報告があった。このテーマでは上記の研究で見出された、細孔に固定化することでメディエータ無しで電子の受け渡しが可能になる、という発見が重要な要素となっている。燃料電池では電極に希少な白金を利用する必要があり、白金代替技術として広汎な使用が期待される。質疑では細孔に取り込まれる酵素の配向はランダムである旨、細孔への固定化により酵素の反応速度は低下する旨、回答があった。梶野氏からは蛋白質を「固い」分野で利用するのは難しいが、蛋白質の周り環境を変えると新しい性質が見えて来たと、現在までの研究を振り返るコメントがあった。歴史的には蛋白質は繊維(絹、羊毛)や接着剤(にかわな、ゼラチン)など耐久性を要求される材料として活用されてきた。現在は安価な石油製品にその席を譲っているが、必ず訪れる資源の枯渇を考慮するとどこかの段階で必ず「固い」分野での蛋白質の復権があるのではないか?その時には本講演で報告された研究は蛋白質の耐久性を向上させる技術の核として利用されることと思う。

【産総研における産業用酵素の研究展開:蛋白質科学から産業応用への本格研究】 産総研 湯元 昇
 湯元氏は産総研・ライフサイエンス分野の戦略などについて責任を負う担当理事であり、本講演会では産総研における蛋白質関連研究の概説を頂いた。産総研の研究開発理念は「本格研究」であり、これは発明から製品化に至る連続的な研究開発を示す。また、基礎研究を第1種と第2種の2種類に分類することも研究開発哲学上の特色である。第1種基礎研究とは我々がなじみ深い所謂基礎研究であり、蛋白質科学であれば例えばフォールディング研究や構造解析、機能発現研究がこれにあたる。一方、第2種基礎研究とは、発見と製品化の間に横たわる「悪夢(死の谷)」を乗り越えるための研究、則ち製品化へ向けた個別の技術の蓄積を目指す基礎研究である。例えば、個別蛋白質の物性のチューニングや蛋白質の大量生産に関わる研究が第2種基礎研究に相当する。こうした研究は論文になりにくく、さりとて企業が手がけるにはリスクが高い場合がある。そこで産総研は積極的に第2種基礎研究を進めることでアカデミアと産業界をつなぎ、イノベーション創出をめざすという。湯元氏は「新しい・・・・」の発見が新聞等では「ガンの治療に繋がる」と報道されるが、発見と医薬品の上梓には大きな隔たりがあり、そこを埋めるのが「死の谷」を越えるべく行う第二種基礎研究であると例示した。続いて産総研の蛋白質研究の成果について第1種基礎研究、第2種基礎研究に分けての報告があった。第1種の基礎研究として、配列情報解析によるミトコンドリアβ型蛋白質の予測、アミノアシルtRNAタンパク質転移酵素の構造解析によるリボゾーム外でのペプチド結合形成反応機構の解明についての成果を示した。また第2種基礎研究の代表的な例として、不凍蛋白質の大量調製と完全密閉型植物工場での組み換え植物栽培による医療用蛋白質の生産などについての概説があった。続いて湯元氏自身が手がけたペプチド利用した、蛋白質の構造機能制御、細胞機能の制御技術についての解説が行われた。具体的にはペルオキシゾーム増殖剤応答性受容体についてヘリックスを安定化させる変異を二次構造予測プログラムで予測し、転写活性制御を行った例、また、光分解性のケージド基を利用したペプチドによる運動蛋白質制御の例が紹介された。次に産総研に改組される以前の工技院時代、随分と昔の話になるが40年ほど前、放線菌由来グルコースイソメラーゼの発見により大きな特許収入を得たが、当酵素の成功の背景についての説明があった。グルコースイソメラーゼをグルコースに作用させるとグルコースと甘みの強い果糖、すなわち転換糖ができる。当時、砂糖の供給が逼迫していたこともありグルコースイソメラーゼによる転換糖開発方法が発表されるや否や、すぐさま民間企業にライセンス、また米国の企業とも独占実施契約を結び、これが国内特許の輸出第1号となった。当たり前のことであるが、大きな需要のあるプロセスに着目した酵素の研究と開発が重要であることがこの例からも明らかである。最後にグルコースイソメラーゼの開発の歴史とも関係することであるが、化学プロセスとバイオプロセスの融合についての考え方を述べられた。両プロセスともにお互いに有利な点があり、それを勘案することが重要。また、例えばバイオディーゼルの合成では大量のグリセリンが副生成物として生じるが、その利用法等も含めた副産物の有効利用を検討して行くのも面白いのではないかとの提案であった。質疑にもあったが、標的とするプロセス選定が成功の鍵となるとのことであった。

【閉会挨拶】東大・新領域 上田 卓也
 最後に東大・新領域の上田卓也副研究科長より、日本が得意とする発酵産業、酵素産業のテクノロジーの中核をなすのは産業用酵素であり、その発展は極めて重要であるとともに日本発の技術として世界に発信して行くべきだとの、ご挨拶を頂いた。

3:アンケート結果

開催を終えて、アンケートの結果と共に準備委員からの感想を述べさせて頂く。まず参加者であるが、総数で119名、会場の最大収容数が130名程度であることを考慮すると適切であったと思う。また皆様のご協力で36件のアンケート結果を回収することができた。シンポジウム全体の感想では『大変良かった』を5点、『期待はずれ』を1点とした5段階評価で平均が4.1点となり、参加者の方には概ね満足頂けたのでは無いかと思う。個別のコメントでは、「幅広い内容で良かった」、「実学とアカデミックの接点が見えた気がした」という意見があった反面、「産業側からの問題提起があると研究の方向性を考える上で良い」、「もっと産業に関わる演題が多いと良い」とのご意見も頂いた。特に企業研究者の講演数を増加して欲しいとの要望が複数件寄せられており、今後の講演会企画に活かして行くつもりである。

4:講演会を終えて

本講演会を通じて、蛋白質にまつわる科学、工学、産業応用を結びつける課題として浮かび上がったのは特異的、非特異的な『蛋白質ー蛋白質相互作用』であった。小島氏、後藤氏の講演では、疾患に結びつく蛋白質の会合が語られた。前者では病因はSNPsによる分泌異常であり、これには非特異的な会合が関与している可能性が高い。また、後者はアミロイドという特異的な会合体形成の分子機構の研究報告であった。また福田氏からはHGFの2つのドメイン及びそのレセプターの蛋白質間相互作用に着目した医薬品開発についてご発表頂いた。中島氏からは医薬品としての抗体の生産や使用における非特異的会合、また上田氏からは蛋白質のin vivo合成における非特異的会合についての問題提起があった。尾崎氏と梶野氏からは酵素の熱安定性向上の試みについての報告があった。蛋白質の失活は構造の変性に加え、リフォールディング過程の蛋白質の非特異的会合が関与しており、会合を避けることができれば熱安定性は向上する。津本氏からは抗原抗体反応における蛋白質間相互作用と添加剤による相互作用制御について、湯元氏からはケージド化合物を応用した蛋白質間相互作用制御についてのご講演を頂いた。多くの場合、個別の蛋白質ごとに蛋白質ー蛋白質相互作用の研究が行われるが、今後は特異的、非特異的な蛋白質相互作用の統一的な記述を目指した研究が重要になって来よう。また、得られた蛋白質間相互作用についての研究成果は蛋白質の科学的理解を進めるだけでなく、今回の講演会でも示された様に産業的なニーズを汲むものであると考えられる。

5:謝辞

3月とはいえ未だ寒さの緩まぬ中、お越し頂いた約120名の講演者、参加者の方々には厚くお礼申し上げたい。講演会運営にご協力頂いた産総研・セルエンジニアリング研究部門、東大・大学院新領域創成科学研究科のスタッフ、学生の方々にも深く感謝する。特に産総研・セルエンジニアリング研究部門秘書の貴田厚子氏には開催準備のためのほとんどの仕事をこなして頂いた。重ねて謝辞を述べさせて頂く。

また、本講演会は産業技術総合研究所・産学官連携推進部門・関西産学官連携センターの支援を得て行ったものである。