大阪大学・蛋白研セミナー『蛋白質を創る、知る、使う~蛋白質科学と産業応用』開催報告

1産業技術総合研究所・セルエンジニアリング研究部門、2九州大学・大学院理学研究院、3大阪大学・蛋白質研究所
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9/29と9/30の2日間にわたり、大阪大学・蛋白質研究所・蛋白研セミナー『蛋白質を創る、知る、使う~蛋白質科学と産業応用』を産総研・萩原義久、九大・小柴琢己、阪大・高橋聡を世話人として開催した。その報告を萩原がまとめ、投稿させて頂く。

本セミナーは、基礎科学から産業応用にわたる蛋白質研究者を集め、情報を共有することで蛋白質研究の新展開を目指すことを目的に開催した。それでは何故、蛋白質研究が必要であるのか?長期的な視点に立った場合、必然的に化石燃料に依存した物質生産をバイオベースに転換して行く必要がある。例えば、化学繊維代替としての羊毛・絹の見直し、低分子の薬剤から蛋白質医薬への転換、高効率な酵素プロセスなどの導入により、化石燃料の使用量が少なく、環境コストも低い物質生産が可能となる。そのためには、蛋白質に対する科学、工学、産業化についての公汎な知識が必要である。バイオ研究の一般として基礎科学と工学、産業利用の間の境界線が曖昧であり、お互いに補完して行くべき研究テーマが数多くある。一方、蛋白質研究については現実にはセクター間の連携、特に蛋白質の基礎科学と産業応用、については間隙があり、今回のセミナーをその隙間を埋めるべく企画した。

まず初めに相本三郎大阪大学蛋白質研究所長よりの開催のご挨拶を頂戴した。ご挨拶では本セミナーは蛋白研セミナー史上最も産業寄りのテーマであり、また今後は蛋白研セミナーについても公募によりテーマを設定するので、皆様のアイデアを頂きたいとのお言葉を頂いた。また蛋白質研究所は今年で創立50周年になるそうである。私も1年とはいえ蛋白研に在籍していたこともあり、今後の益々の発展を祈念致したい。

続いての萩原よりセミナーのオーバービューの後、世話人である小柴琢己を座長に、『蛋白質科学を巡る新しい技術』と題した1つめのセッションを行った。本セッションでは所謂バイオテクノロジーの範疇に属するご研究をまとめた。一番バッターは佐賀大の飯笹英一氏、永野幸生氏に、あらゆるベクターで相同的組換えを利用する技術についてのご発表を『酵母を利用した高効率DNAクローニング法およびその利用』としてお願いした。分子生物学の分野、特に酵母を取り扱う領域では、相同的組換えを利用したベクター作製は一般的な方法である。この方法の利点としては大きなDNA断片や多数のDNA断片を比較的容易に目的のベクターにクローニング可能であることが挙げられる。しかし使用ベクターは酵母用でなくてはならず、酵母以外の発現ホストを利用する場合には直接的には応用出来ない。発表の技術は、任意のベクター(例としてpET32a)及びクローニング対象のDNA断片を、酵母の複製起点(2μOri)と選択マーカー(URA3)と同時に酵母に形質転換することで、一挙に目的DNAを挿入したシャトルベクターを作製するものであった。質疑の中で、実験に要する時間はうまく行けば一週間とのコメントがあった。あらゆる発現系に応用可能な技術であり、相同的組換えによるクローニングの得意な実験、例えば多数の断片の同時挿入や複雑な欠失変異体作製、では今後の蛋白質研究での応用が期待されると感じた。飯笹氏の発表は本セミナーの中で唯一の学生によるものであったが、良く練れたプレゼンと分かり易い質疑応答であった。永野氏のご指導に感心するとともに、今後のご活躍が期待される。なお、萩原にとり昨年の九州シンポジウムで拝見した両氏のご発表は大変印象深いものがあり、今回ご講演をお願いした経緯となっている。

続いて片倉工業株式会社、柿宏樹氏から『カイコ/バキュロウイルスを使用したタンパク質生産』のご講演を頂いた。片倉工業株式会社はバキュロウイルスとカイコを用いた蛋白質生産サービスKaikoExpressを展開しており、皆様ご存知のところと思う。なお蛋白質科学会アーカイブに本発表に関連した記事(本庄栄二郎, バキュロウイルス-カイコ発現系を用いた蛋白質の発現(受託発現の例), 蛋白質科学会アーカイブ, 1, e029, 2008)があるのでご参考頂ければと思う。片倉工業株式会社では培養細胞ではなくカイコを発現ホストとして使用しており、柿氏よりカイコの利点を中心とした研究発表が行われた。「カイコは超高速生産マシーン」であるとのコメントより始まり、高生産性、生産安定性、迅速生産、多品種同時生産、スケールアップの容易さなどのカイコによる蛋白質生産の特質についての解説の後、共感染による多量体蛋白質発現、新規ウイルス株・新規プロモーターの開発、さらに組換え蛋白質の精製タグについての密度の高いご講演を承った。とりわけ、CPdと呼ばれるシステインプロテアーゼを欠損したウイルス株の開発は興味深いものがあり、詳述したい。CPdを利用すると合成された蛋白質の分解が顕著に抑制された上、経時的に発現量が増加して行くことが報告された。通常のウイルスでは一定期間、発現蛋白質が蓄積した後にそれが減少に向かうため、発現を終了する適当なタイミングを見いだす必要があるが、CPdの場合には増え続けるため、蛋白質発現制御が極めて容易になったとのことである。直感的にはプロテアーゼと蛋白質の発現の関係は明白だが、多く場合その関連はホスト由来プロテアーゼの欠損により研究されるため、ホストの生育等に対する影響を含んだ曖昧な結果となる。本講演の場合、ウイルス由来蛋白の欠失によるためホストはさほど影響を受けず、前記の関係が直接的に示されている。プロテアーゼの影響は無視出来ないと明確に示した点で極めて重要な研究だと思う。また、超複合体の生産の可否についての質問があり、超複合体について試している訳ではないが、共感染に関して言えば11種類までは経験があるとの回答であった。

前の発表に続き、『トランスジェニックカイコを用いた組換えタンパク質の大量生産』のタイトルで株式会社ネオシルクの冨田正浩氏からの発表が行われた。柿氏の講演ではバキュロウイルスによる標的遺伝子導入系についての説明があったが、冨田氏の技術はトランジェニックカイコの作製による蛋白質発現技術である。ウイルスを用いた場合に比べ組換えカイコの作製には時間がかかるが、一度作製してしまえば繁殖により系統を維持出来る、則ち個体に逐一ウイルスを感染させる手間がかからないという利点を持つ。カイコの繭は主に不溶性のフィブロインと可溶性のセリシンから構成される。所謂絹糸の主成分はフィブロインである。冨田氏の約11年に及ぶ研究により、現在ではフィブロインが合成される後期絹糸腺、及びセリシンが合成される中部絹糸腺に目的蛋白質を発現する技術が確立されている。注目すべきはセリシン分画での発現であり、極めて温和な条件で目的蛋白質を溶出可能であり、アルブミンや免疫グロブリンでの成功例が述べられた。続いてはカイコの無菌飼育によるセリシン分画でのヒト型ゼラチンの生産について、極めて高品質の標品が得られているとの発表であった。再生医療等での利用が想定され、近く市販の運びとなるそうである。「糖鎖の型は?」という質問に対し、驚くべきことに本技術により発現した蛋白質は、従来の報告における昆虫型の糖鎖とは異なる構造の糖鎖を持つとの回答があったことも記しておきたい。

1つ目のセッションのトリは岡山大学の二見淳一郎氏の『タンパク質カチオン化技術の医用工学への応用』であった。日本では組換え生物に対する風当たりが強いのは皆様肌で感じておられるであろう。科学的には妥当な安全性を有する遺伝子治療であっても国内では社会的な要因により普及が難しいのが現状である。単純には遺伝子組換えを行わず同等の効果を上げれば良い。しかしどうやって?二見氏からその答えとなる技術開発についての発表があった。遺伝子組換え技術の目的の多くは細胞内での蛋白質発現にある。そこで細胞外から目的蛋白質を導入出来れば遺伝子組換え技術の代替となり得る。二見氏はまずリボヌクレアーゼをモデルとして研究を行い、正味の正電荷の多い蛋白質、つまり塩基性の性質を持つほど、その蛋白質が細胞内に導入され易いことを報告した。さらにその知見をもとにした細胞毒性の低いポリエチレンイミン修飾による細胞内への蛋白質導入技術についての発表を行った。化学修飾によるため、あらゆる蛋白質に応用可能な本技術の可能性は大きい。続いて二見氏はTAPS-スルホネートを利用してシステインをブロックし変性状態のまま蛋白質を細胞内に導入する技術について報告。TAPS-スルホネートは細胞内でシステインから脱離し、シャペロンを利用することで効率的な細胞内リフォールディングが期待されるそうである。質疑に対する答えの中で、細胞内導入には細胞表面への吸着が重要であり、導入後の局在はエンドソーム経由で細胞質であるとのコメントがあった。

15分の休憩の後、産業技術総合研究所の石川一彦氏を座長に『産業用酵素の新展開』のセッションが始められた。ます株式会社林原生物化学研究所からお招きした山本拓生氏による『糖質加リン酸分解酵素コージビオースホスホリラーゼの機能改変』の発表があった。林原グループはトレハロース等の機能性糖質の製造・販売で著名な企業群であり、最近では積極的な広報も行っており、一風変わったCMをご覧になった方も多いのではないだろうか。冒頭のスライドでは山本氏からそのCMを絡めて林原グループの紹介があり、和やかな雰囲気で講演が開始された。コージビオースは麹より発見されたグルコース2分子がα1-2結合で結合した極めて高価な二糖である。山本氏はコージビオースホスホリラーゼにエラーププローンPCRでランダム変異を導入し、耐熱化を図るとともに、多糖化の程度の異なるコージオリゴ糖を生成する変異体の導出に成功した。さらにトレハロースホスホリラーゼとコージビオースホスホリラーゼのキメラ酵素を多数作製しその性質を比較したところ、トレハロースホスホリラーゼを骨格として活性部位の一部がコージビオースホスホリラーゼの配列を持つ変異体がコージビオースに対する特異的活性を有することを発表した。天然型の両酵素はオリゴマーを形成するがこの変異体はモノマーになっているそうであり、基質認識機構の変化との関係について興味深い。本酵素によるコージオリゴ糖の生産は産業ベースへと至っていないが、他の酵素の改良に対して適用可能な様々な知見が得られたとのことである。また今後、このオリゴ糖の機能が明らかになれば、当然、本研究成果に再注目が集まることは間違いない。後ほど懇親会で伺ったが、コージオリゴ糖の場合は機能の探索のために生産系を作ることが必要であり、「機能探索」「蛋白質工学」の並行研究が行われているそうである。コージビオースの生理活性について質問があったが、ハチミツと酒に少量含まれているが詳細は不明との答えであった。今後の機能解明が待たれる。

続いて、このセッションでは最も基礎研究要素の大きい『蛋白質酸化反応における超原子価化合物の発見』について産業技術総合研究所の中村努氏より発表があった。活性酸素の除去に働く Aeropyrum pernix 由来ペルオキシレドキシンのX線結晶構造中での極めてまれな化学構造、天然物中では初めて、の発見を軸に講演が進められた。中村氏は過酸化水素で処理した本酵素の結晶構造を詳細に検討、さらに理論的な研究を組み合わせることで、システイン残基と近傍にあるヒスチジン残基により形成される超原子価化合物に属するスルフラン誘導体が本酵素の反応中間体であると報告した。超原子価化合物は様々な物質の合成反応に有用であるとされているが今まで天然物では見つかっていなかった。酵素の持つ神秘性を垣間みるとともに、今後の酵素利用の範囲を大きく広げるものとして刮目すべき発見である。また、Aeropyrum pernix はアーケア(古細菌)であり、酸化ストレス順応に対する生物進化を考えて行く上でも興味深い。質疑では、同じく硫黄原子を含有するMetを活性部位に持つ酵素についても同様の化学構造が存在する可能性について議論された。

続いては酒類総合研究所・正木和夫氏の『新規酵母が生産する酵素の環境保全への利用』をタイトルとしたご講演である。105年の歴史を持つなど酒類総合研究所の紹介の後、担子菌酵母クリプトコッカスのリパーゼ(CLE:クチナーゼ様酵素)についての研究発表があった。本酵母はもともと生デンプンを分解する酵素を分泌するものとして単離されたが、その酵母が生産する別の酵素、リパーゼは、脂質、ポリエステルをも分解するという性質を持ち、環境保全、バイオディーゼル生産を目指した研究が進められている。アミノ酸配列からはリパーゼより植物表層などに存在するクチン分解活性を有するクチナーゼにホモロジーがあり、そのためCLEと名付けられたそうである。バイオプラ分解に対するCLEの効果は劇的であり、エマルジョンであれフィルムであり、ほぼ完全に分解するとの結果が示された。フィルム状の生分解性プラの分解は興味深い。結晶性、則ち固形のセルロース、キチンの分解は極めて難しいことが知られており、CLEの作用機構の解明により、これらの結晶化基質を分解する方法が見つかる可能性がある。リパーゼとクチナーゼの差異についての質問に対し、正木氏より前者では活性中心が閉じられているが、後者では基質に対して露出しているとのコメントがあり、この性質は結晶基質分解に関連しているのかも知れない。クチナーゼはフサリウム及び貴腐菌由来のものなどが知られている。フサリウム由来酵素は結晶解析がなされており、CLEの構造も明らかになっているとのことから、今後の詳細な比較により基質認識、活性機構が明らかになるのではないだろうか?CLEについてはピキアやクリプトコッカス、麹を用いて大量生産が可能であるとの発表で講演が締めくくられ、CLEの産業利用は視界良好と感じられた。

第1日目最後の講演は『ニトリル化合物に働く酵素の産業応用』、三菱レイヨン株式会社の湯不二夫氏にお願いした。三菱レイヨンはアクリル系化成品を軸とした様々な製品を取り扱う高分子化学メーカーである。まず湯氏からアクリルアミド生産の歴史について解説があり、三菱レイヨン(旧日東化学工業)は1985年に世界で初めてバイオプロセスによるアクリルアミドの生産に成功したこと、及び現在は第3世代の酵素を利用していることが述べられた。投入材料あたりの生成効率の両者が高いという酵素法一般の特質に加え、アクリルアミドの生産では銅触媒法に比較して酵素法はプロセスが単純であるとの利点により、バイオプロセスによる化学プロセス代替の代表的な成功例となったそうである。また、アクリルアミドの場合、酵素法も用いることで生産工程の安全性や利便性が増加し、また二酸化炭素の排出量が低いという点でも優れている。酵素の改良は、アクリルアミドの蓄積効率(生成物による阻害がかかりにくいという意味)の良い持つ酵素を自然界から探索することによって行われおり、今後の改良には蛋白質工学が用いられるのか興味深い。次の話題として、酵素のキラル選択性を活用した光学活性化合物への取組み及びロドコッカス属宿主ベクター系の開発についての成果が発表された。どんなプロセスでも酵素法で代替出来るかとの質問には、ファインケミカルスについては様々な酵素法のプロセスが適用されているが、汎用化学品については、反応終了液がそのまま製品となるアクリルアミドは特殊かも知れないとの答えであった。また、ニトリルヒドラターゼの生理的活性は何かという質問に対してはアカデミアでの研究に期待したいとの回答であった。

2日目は『蛋白質科学と医療・産業応用』と題しセッションリーダーを東大の津本浩平氏にお願いした。朝1番目はこのために帰国して頂いたカリフォルニア工科大の伴匡人氏による『OPA1によるミトコンドリア内膜融合機構の解明』である。OPA1はダイナミンファミリーの属するミトコンドリアの内膜融合に関わるGTP結合蛋白質であり、可溶性のOPA1Sと膜貫通領域を持つOPA1Lが存在する。OPA1Sは低塩濃度では会合しGTPase活性を発揮することが知られているとの解説があった。伴氏はin vitroの研究を中心のOPA1Sの分子機能を研究しており、脂質存在化で会合状態がどう変わるのかを詳細に検討し、その結果、ホスファチジルエタノールやカルジオリピンがOPA1Sの会合とGTPase活性の獲得を促進することを明らかにした。ミトコンドリア内膜にはこれらのリン脂質が存在することが知られており、今回の発見はOPA1Sの生理機能調節機構を明らかにする上で重要である。また、カルジオリピン存在下の会合体の観察ではリポソームを巻き込むような細線状の構造が見られ、膜融合との関連から興味深い。続いて神経変性疾患に関連するOPA1S変異体とその会合、活性化についての報告があった。OPA1S電荷の分布、大腸菌で発現・リフォールディングされたOPA1Sの再生の程度、リポソーム結合と会合の対応、構造解析の可否などの質問があり、こうした疑問に答える形での今後の展開も期待される。

続いては日本原子力研究開発機構の玉田太郎氏による『抗体を用いた分泌性蛋白質の構造解析』をタイトルとしたご講演。結晶化を容易にするために構造解析を狙う蛋白質とこれを抗原とする免疫グロブリンFabフラグメントの複合体を用いる方法である。驚くべきことに結晶化の成功率は90%を越えるそうである。具体的な成功例としてTPO、FGF23他数種の蛋白質の結晶構造が紹介された。いずれの場合もパッキング、格子が異なっており、Fabフラグメントが一定の結晶状態を形成するために結晶化する訳ではないようだ。しかし、Fabは必ず層状に配置しており、抗原(目的蛋白質)はその間に存在し、Fabが糊の役割を果たしているとのことであった。私としてはむしろFabは糊というよりガムテープで目的蛋白質はテープに規則正しく張り付いたパチンコ玉の様なものか、という感想を持った。いずれにせよ、現在、私の手元にも結晶化はするが分解能の上がらない蛋白質とこの蛋白質に対するモノクローナル抗体があるので、是非とも試してみたい方法である。他に近々稼働する強力な中性子構造解析施設の紹介があり、1日から2日でデータ取得可能になるので大きな結晶を持っている人は検討して欲しいとのアナウンスがあった。質問に対して、必要な抗体は数mgオーダー、抗体の取得に時間がかかるのが難点、Fabのヒンジ領域が重要でクッションの役割を果たしているのかもとの回答があった。

続いて私、萩原より『抗体のジスルフィド結合エンジニアリング』について発表させて頂いた。特に最近の成果として、ラクダ科動物の抗体ドメインに人工的なジスルフィド結合を導入し、抗原結合活性を維持したまま大幅に熱安定性を向上させることに成功した、その成果を報告した。詳しくは文献(Hagihara, Y. et al, J. Biol. Chem., 282, 36489-95, 2007)をご参考頂ければと思う。余談になるが、この論文の発表直後に、構造から予測して見つけた人為的(と考えていた)ジスルフィド結合が、実は天然の抗体にも存在するとの報告(Saerens, D. et al, J. Mol. Biol., 377, 478-488, 2008)があった。投稿日の差はわずか5日。「似た仕事をしているグループは必ずあるので、論文は早く出さなければならない」と久しぶりに再認識させられた。

九大、釣本敏樹氏からは『ヒト細胞複製系でのタンパク質研究』のご講演を頂いた。真核生物のDNA複製において、RFC(ローダーと呼ばれる)はPCNA(クランプ)により複製されるべき単鎖DNAにはめ込まれる。クランプはリング状のホモトライマーであり、ATPの加水分解を伴うローダーの働きにより開裂、DNAは中心の穴に差し込まれる。ADPと結合したローダーはクランプより脱離し、クランプの輪は閉じる。クランプは単なるDNAポリメラーゼの補助因子と見られていたが、釣本氏はこの蛋白がユビキチン化やSUMO化などの翻訳後修飾を受け、多様な蛋白質と相互作用することを明らかにした。例えばユビキチン化によりポリメラーゼとの相互作用が強化され、結果として伸長反応が増強されるそうである。ローダーについても複数あることを示した。これらの知見から蛋白種の組み合わせや翻訳後修飾によりクランプーポリメラーゼーローダー複合体はDNAの状態を検知し、複製機能の制御を行っているとの提言がなされた。ローダーによるクランプ開裂、及び翻訳後修飾による相互作用の変化の物理機構の分子レベルでの解明は極めて魅力的なテーマに感じられた。DNAの複製のように研究が進んでいる分野であってもまだまだ未知の現象が多く、広く生命現象の解明へ向けて蛋白質レベルでの構造、物性研究が益々重要になっていくのではないだろうか?質疑ではユビキチン化からの回復、および修飾を受ける場所についての質問があった。前者については脱ユビキチン化され、それに伴い結合するポリメラーゼが変わること、後者については既に修飾部位は同定されており、そのリジンの変異により紫外線感受性が上がるとの答えであった。

最後の講演は阪大の西村紀氏、『医薬研究を目指した遺伝子組換え型蛋白質調製時の問題点とその解決法』である。 西村氏は武田薬品から島津製作所、そして大阪大学へと職場を移し現在に至る多彩な経歴を持たれる。まず初めに武田薬品時代の経験をもとにした遺伝子組換え体を用いての医療用蛋白質の生産についての発表があった。数多くの蛋白質の発現系構築についての詳細、細心な研究であり、個人的には気圧される気持ちであった。まさに圧巻で、産業研究のパワーをまざまざと感じさせれた。特に印象に残ったのは、N末端に付加されたメチオニンの化学的除去法であり、もっと広く蛋白質の関わる研究分野で用いられるべきであろう。続いて無細胞昆虫系の蛋白質発現についての紹介があった。大量の蛋白質が必要な場合には、他の発現系を選択する必要があるが、比較的少量の蛋白質を簡便、迅速に欲しい時には有効だとのことである。詳細は蛋白質科学会アーカイブ(江連徹 et al., 昆虫培養細胞由来無細胞蛋白質合成試薬キット Transdirect insect cell を用いた蛋白質発現, 蛋白質科学会アーカイブ, 1, e005, 2008)にも掲載されている。また、講演の中でインクルージョンボディに蓄積したニューロトロフィン-3を45日間かけてリフォールディングさせたとの報告があった。この実験の収率についての質問があり、西村氏はほぼ100%と述べられた。ジスルフィド結合の再生の観点から興味深い。

今回のセミナーでは蛋白質科学と産業応用と題して、蛋白質科学、工学及びその産業応用に関わる皆様にご講演頂いたが、期待に違わずセクターを越え刺激的な研究成果を伺うことができた。今回のセミナーでの知見を今後の研究、萩原の場合は蛋白質溶液物性研究と抗体工学、に活かして行きたい。科学から産業まで広い分野の話題を集めたため、ともすれば焦点のずれたセミナーになるのではと危惧したが、講演者の方にはセミナーの趣旨を汲んだご講演を頂き、活発な討論が行われた。世話人一同、企画は成功と安堵したところであるが、一点、気になるとすると若手の方々の質問が若干少なかったことである。今後のセミナーでは特に学生、若手の研究者の皆様が発言し易い雰囲気作りといったものにも留意して運営をしたいと思う。

開催両日とも生憎の雨に加え、初冬を思わせる寒さとなった。お忙しい中ご足労頂いた、総勢80名を越える、講演者、参加者の方々には厚くお礼申し上げたい。また耐震補強工事のため蛋白質研究所の講義室ではなく人間科学部ユメンヌホールでの開催となったが、異なるキャンパスからセミナー運営にご協力頂いた蛋白質研究所・蛋白質構造形成研究室の学生、スタッフの方々にも深く感謝する。特に蛋白質構造形成研究室秘書の石井真美子氏の多大な貢献がなければセミナーの開催は不可能であった。重ねて謝辞を述べさせて頂く。