タンパク質熱凝集を抑制する化合物

筑波大学大学院・数理物質研究科・電子・物理工学専攻


  • キーワード添加剤カオトロピックコスモトロピックオスモライトアミノ酸
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概要

タンパク質は温度変化やpH変化、圧力など環境変化によって変性し、本来の機能を失う。さらに、変性したタンパク質は分子間で会合し凝集体を形成することもある。そこで、溶液中のタンパク質を安定に保存・利用するために、タンパク質溶液に化合物を添加する方法が考案されている。本プロトコールでは、タンパク質溶液に共存させる添加剤の扱い方だけでなく、作用分類別の特徴について述べる。添加剤の効果を調べる実験例としてタンパク質の熱による凝集をあげ、添加剤の種類やタンパク質濃度などの適切な条件を述べる。

装置・器具・試薬

装置

  • サーマルサイクラー(又はそれに準ずるもの)
  • pHメーター
  • 分光光度計
  • 遠心機

試薬

  • 緩衝液(リン酸緩衝液など)
  • 添加剤(アルギニンやジアミンなど)

添加剤によるタンパク質の熱にともなう凝集抑制効果の評価

1)サンプルの調製

タンパク質をリン酸緩衝液などに溶解させ、効果を調べたい添加剤溶液を混合する。混合によるpH変化を防ぐために、添加剤溶液にはタンパク質溶液と同じ緩衝液を共存させるとよい(特にリン酸緩衝液は混合によるpH変化が大きい)。また、本実験では、使用するタンパク質の熱変性の可逆性を前もって(円偏光二色性スペクトルなどを利用して)確認しなければならない。不可逆な変性をするタンパク質の場合、加熱後には自発的にリフォールディングしないので、加熱による失活が凝集に起因するものであると断定できないからである。

2)加熱

サーマルサイクラーなどの温度制御装置を用いて、タンパク質溶液を加熱する。タンパク質はそれぞれ熱に対する安定性が異なるため、加熱温度はタンパク質によって異なるが、おおむねTmを10℃から20℃程度上回る温度で10分ほど加熱すればタンパク質は凝集する。当研究室では例えば、リゾチームを対象に添加剤の効果を調べる場合、変性温度より20℃高い98℃で10分間加熱している。

3)可溶性タンパク質濃度の測定

凝集したタンパク質を遠心分離することで除去した後、上清画分の280 nmの吸光度を分光光度計で測定することで可溶性タンパク質濃度を決定する。280 nmの吸収が小さいタンパク質や280 nm付近に吸収がある添加剤を用いる場合は、ブラッドフォード法など別の方法で分析する必要がある。

4)残存活性の測定

タンパク質が酵素活性を持つ場合、加熱後のタンパク質の酵素活性を評価することでネイティブ状態にあるタンパク質量を評価することができる。(3)で行った遠心上清のタンパク質濃度と残存活性から求めたタンパク質濃度はしばしば一致しない。これは遠心分離では取り除けない小さな凝集体などが上清画分に残ることや、加熱にともなってタンパク質が化学変化して不可逆に変性することに起因する。

工夫とコツ

添加剤溶液の調製

タンパク質の凝集はpHやイオン強度に大きく依存する。したがって、添加剤の効果を適切に評価するためには溶液のpHやイオン強度には十分気を配る必要がある。特にリン酸ナトリウム緩衝液を含有する添加剤溶液を調製する際、緩衝液にリン酸水素二ナトリウムを利用するのは好ましくない。リン酸水素二ナトリウムを用いてpH調整を行う際にHClを添加しなければならず、必然的にCl-が混入して溶液のイオン強度が増してしまうからである。リン酸緩衝液を用いた添加剤溶液を調製する際にはリン酸二水素ナトリウムを使用してNaOHのみを添加するほうが、イオン強度を最小限に抑えることができ、実験の再現性も向上する。クエン酸ナトリウム緩衝液や酢酸ナトリウム緩衝液などでも同様にNaOHのみを添加することでpH調整することが望ましい。

添加剤溶液の吸光度の測定

添加剤の中には紫外に吸収を持つものがある。例えばアミン基を持つ化合物は紫外吸収を持つことが多い。添加剤が紫外吸収を持つ場合、タンパク質濃度の評価が難しくなるため、あらかじめ各添加剤の吸収スペクトルを測定しておくと評価がしやすく失敗しにくい。

添加剤の選択:文献1も参照のこと

(i) 変性剤(グアニジンや尿素)

アミノ酸の中で最も効果の高かったアルギニンは分子内に平面構造のグアニジウム基を一つ有する。グアニジンは尿素と同様にタンパク質の変性剤として一般的に用いられている化合物である。これらの分子はタンパク質の疎水性側鎖やペプチド主鎖と良く相互作用するため、タンパク質の変性状態を天然状態に比べて相対的に安定化させるだけでなく、タンパク質分子間の疎水性相互作用を低下させて凝集を抑制する。グアニジウム基とウレイド基は変性剤のため、アモルファスな凝集もアミロイドなどの凝集も全て抑制すると考えられるが、実際はリフォールディング以外では凝集抑制効果を示さないことがわかっている。また、尿素は水溶液中では分解してシアン酸を生成するため、グアニジンを用いることが多い。

(ii) 界面活性剤

界面活性剤を臨界ミセル濃度以上にすることでタンパク質をミセル化させて可溶化することができる。しかしSDSなどの強力な界面活性剤はフォールディングを阻害し、タンパク質を変性させる。タンパク質に強く結合するため、解離させたい時にはシクロデキストリンやシクロアミロースを用いて除去する必要がある。

(iii) 安定化剤(オスモライト・コスモトロピック塩・ポリオールなど)

タンパク質の安定化剤として用いられるものに硫酸アンモニウムなどのコスモトロープ塩や糖やポリオールなどのオスモライトがよく知られている。これらの化合物はタンパク質を選択的水和させることで天然状態を安定化させる。しかし、高濃度のタンパク質溶液では分子間の会合も同時に促進するため、安定化効果より凝集促進効果が勝る場合があり、凝集を抑制したいという目的で使用する際は注意を要する。

(iv) アミノ酸

荷電性側鎖を有するアミノ酸にも熱による凝集抑制効果が見られる。なかでもアルギニンは、リフォールディングの添加剤として広く用いられるほか、熱による凝集も抑制する。通常のアミノ酸溶液であれば分解されることもなく腐りにくいため、ストック溶液を高濃度で調製し冷蔵保存しておき、使用の前にpH調整して用いれば試薬調製の手間が省ける。アミノ酸エステルやアミノ酸アミドなどのアミノ酸誘導体も熱による凝集を抑制することがリゾチームをモデルに調べられている1。

(v) アミノ化合物

熱凝集の抑制にはアミノ基が効果的に働くことが知られている。例えば、リゾチームを98℃で30分加熱すると90%以上が凝集するが、このタンパク質溶液にスペルミンやスペルミジンなどのポリアミンや1,3ジアミノプロパンなどのジアミンを数100 mM程度加えておくとほぼ100%凝集形成を抑えることが可能である2。

(vi) 高分子化合物

デキストランのような親水性高分子は、タンパク質を選択的水和させることで天然状態を安定化させ、ポリエチレングリコール(PEG)のような両親媒性高分子はタンパク質と選択的に結合することで変性状態を安定化させるといわれる。アルギニンやカオトロピック塩などの分子は、それだけでタンパク質の凝集を抑制することが可能であるが、両親媒性高分子を共存させると凝集抑制能が相乗的に増加することがある。例えば、100 mMアルギニンもしくは100 mg/ml PEG6000を添加した1.0 mg/mlリゾチーム溶液を98℃で10分間加熱すると、リゾチームの活性は10%程度しか保持されなかったが、これらを共存させると活性は70%程度保持された。同様の結果はリフォールディングによる凝集の抑制効果にも見られる。この理由はアルギニンやカオトロピック塩による疎水性側鎖の保護と両親媒性ポリマーによるタンパク質分子の衝突頻度の低下といった異なる働きがあり、相乗的な効果として現れていると考えられる。

溶解度の測定(添加剤との相互作用)

添加剤との相互作用を見積もる方法には、添加剤溶液中でアミノ酸(あるいはタンパク質など)の溶解度を調べる方法がある。緩衝液へのアミノ酸溶解度よりも添加剤溶液へのアミノ酸溶解度の方が高い場合、添加剤とアミノ酸の相互作用が大きく、反対に添加剤溶液へのアミノ酸溶解度の方が低い場合、添加剤とアミノ酸の相互作用は小さいと判断できる。同様にタンパク質の溶解度を測定すれば、タンパク質と添加剤との相互作用を見積もることができる。

溶解度を調べるには、添加剤溶液中に大過剰のアミノ酸やタンパク質など測定対象の物質を溶かし飽和させた後、十分に平衡状態になるまで静置し沈殿物を遠心分離やフィルターなどにより除去する。上清に含まれる物質の吸収を分光器で測定する。測定対象の物質と添加剤溶液の吸収波長が重なる場合はHPLCなどで分離して測定すると良い。吸光度が大きいときは、適宜緩衝液で希釈する必要がある。

pH

タンパク質は等電点から離れるほどネットチャージが大きくなり凝集しにくくなる。一方、等電点付近ではネットチャージがほとんどないため、静電気的反発力が弱まり凝集しやすくなる。そのため、タンパク質の熱凝集実験においてpHの選択は非常に重要である。凝集しやすいタンパク質の場合は等電点から離した条件で、反対に凝集しにくいタンパク質の場合は等電点に近い条件で実験することで、評価しやすくなる。

タンパク質濃度

タンパク質濃度はタンパク質溶液を扱う際には重要なパラメータである。なぜなら、凝集はタンパク質分子間の会合反応であるため、濃度依存的に凝集反応速度は増大するからである。したがって、タンパク質の凝集を扱う実験を行う際には、タンパク質濃度によって溶液条件を十分吟味する必要がある。例えば、低濃度で行う場合には凝集反応は進みにくくなるので、オスモライトや糖などのタンパク質安定化剤を用いて天然構造を安定化する方法が有効である。この方法は高濃度のときは逆に凝集反応を促進してしまうため、お勧めできない。高濃度のタンパク質を用いる場合は、凝集反応が進みやすいため、変性状態を安定化するグアニジンなどの変性剤や界面活性剤が有効である。しかし、これらの化合物はタンパク質を変性させる作用も持つため使用する場合には添加濃度に気をつける必要がある。アルギニンは最も汎用性のある万能薬である。タンパク質を変性させず、かつ、凝集を抑制するので広範囲の濃度条件で用いることが可能である。悩んだときは数100 mM添加するのがよいだろう。

実験例;リゾチームの熱凝集

以下に実験例として当研究室で行っているリゾチームを用いた場合の熱凝集実験を挙げる(2,3)。

1)サンプルの調製

分光光度計(ナノドロップテクノロジー社のND-1000)を用いてリゾチームを10 mg/mlになるように溶解させたリン酸緩衝液50 mM(pH 7.0)、および、アルギニンを溶解させたリン酸緩衝液50 mM(pH 7.0)、リン酸緩衝液 50 mM(pH 7.0)を混合し、全量200 mlでリゾチーム濃度を1 mg/mlとする。

2)加熱

調製したサンプル溶液を、サーマルサイクラーを用いて98°Cで10分間加熱する。リゾチームの変性温度はリン酸緩衝液 50 mM(pH 7.0)中で約80℃である。98℃で10分間加熱することでリゾチームの約90%が凝集し、ほぼ全てが失活する。加熱後、リゾチームを25°Cで20分間静置したのち、サンプルを遠心分離(14,000 rpm、20分)して凝集体を沈殿させ、上清を100μl分注する。

3)可溶性タンパク質濃度の測定

分光光度計を用いて上清画分のリゾチームのタンパク質濃度を決定する。可溶性タンパク質濃度は加熱していないリゾチーム溶液を100%としてそれに対する比で評価する。

4)残存活性の測定

リゾチームは細菌細胞壁に存在するN-アセチルグルコサミンとN-アセチルムラミン酸間のβ-1,4グリコシド結合を加水分解する酵素である。加熱したタンパク質溶液の上清に含まれるリゾチームの残存活性を定量するために細菌細胞壁ミクロコッカスルテウスの細胞壁の分解活性を測定する。

分光光度計を用いてリン酸緩衝液 50 mM(pH 7.0)にミクロコッカスルテウスを600 nmでの吸光度が1cmガラスセル中で1.0 Absになるように加える。

次にガラスセルに基質溶液1490μlと遠心後の上清のタンパク質溶液10μlを入れ、よく攪拌し、リゾチームの基質分解による600 nmでの吸光度の時間変化を測定する。測定時間は反応にもよるが、本実験条件では、1分から2分間で基質はほとんど分解される。基質分解の初速度を最小二乗法により近似直線で求め、リゾチームの活性の指標としている。残存活性は加熱していないリゾチーム溶液の酵素活性(基質分解の初速度の傾き)を100%としてそれに対する比で評価する。

残存活性が大きい場合、時間の経過に伴い基質分解の速度が減少していくため、基質とタンパク質を混合した後、手早く測定する必要がある。

文献

  1. 白木 賢太郎ほか.生物工学, 84, No. 10, 395-397(2006)
  2. Kudou, M. et al., Eur. J. Biochem. 271, 4547-54 (2003)
  3. Okanojo, M. et al., J. Biosci. Bioeng. 100, 556-61 (2004)

概要

タンパク質は温度変化やpH変化、圧力など環境変化によって変性し、本来の機能を失う。さらに、変性したタンパク質は分子間で会合し凝集体を形成することもある。そこで、溶液中のタンパク質を安定に保存・利用するために、タンパク質溶液に化合物を添加する方法が考案されている。本プロトコールでは、タンパク質溶液に共存させる添加剤の扱い方だけでなく、作用分類別の特徴について述べる。添加剤の効果を調べる実験例としてタンパク質の熱による凝集をあげ、添加剤の種類やタンパク質濃度などの適切な条件を述べる。

装置・器具・試薬

装置

  • サーマルサイクラー(又はそれに準ずるもの)
  • pHメーター
  • 分光光度計
  • 遠心機

試薬

  • 緩衝液(リン酸緩衝液など)
  • 添加剤(アルギニンやジアミンなど)

添加剤によるタンパク質の熱にともなう凝集抑制効果の評価

1)サンプルの調製

タンパク質をリン酸緩衝液などに溶解させ、効果を調べたい添加剤溶液を混合する。混合によるpH変化を防ぐために、添加剤溶液にはタンパク質溶液と同じ緩衝液を共存させるとよい(特にリン酸緩衝液は混合によるpH変化が大きい)。また、本実験では、使用するタンパク質の熱変性の可逆性を前もって(円偏光二色性スペクトルなどを利用して)確認しなければならない。不可逆な変性をするタンパク質の場合、加熱後には自発的にリフォールディングしないので、加熱による失活が凝集に起因するものであると断定できないからである。

2)加熱

サーマルサイクラーなどの温度制御装置を用いて、タンパク質溶液を加熱する。タンパク質はそれぞれ熱に対する安定性が異なるため、加熱温度はタンパク質によって異なるが、おおむねTmを10℃から20℃程度上回る温度で10分ほど加熱すればタンパク質は凝集する。当研究室では例えば、リゾチームを対象に添加剤の効果を調べる場合、変性温度より20℃高い98℃で10分間加熱している。

3)可溶性タンパク質濃度の測定

凝集したタンパク質を遠心分離することで除去した後、上清画分の280 nmの吸光度を分光光度計で測定することで可溶性タンパク質濃度を決定する。280 nmの吸収が小さいタンパク質や280 nm付近に吸収がある添加剤を用いる場合は、ブラッドフォード法など別の方法で分析する必要がある。

4)残存活性の測定

タンパク質が酵素活性を持つ場合、加熱後のタンパク質の酵素活性を評価することでネイティブ状態にあるタンパク質量を評価することができる。(3)で行った遠心上清のタンパク質濃度と残存活性から求めたタンパク質濃度はしばしば一致しない。これは遠心分離では取り除けない小さな凝集体などが上清画分に残ることや、加熱にともなってタンパク質が化学変化して不可逆に変性することに起因する。

工夫とコツ

添加剤溶液の調製

タンパク質の凝集はpHやイオン強度に大きく依存する。したがって、添加剤の効果を適切に評価するためには溶液のpHやイオン強度には十分気を配る必要がある。特にリン酸ナトリウム緩衝液を含有する添加剤溶液を調製する際、緩衝液にリン酸水素二ナトリウムを利用するのは好ましくない。リン酸水素二ナトリウムを用いてpH調整を行う際にHClを添加しなければならず、必然的にCl-が混入して溶液のイオン強度が増してしまうからである。リン酸緩衝液を用いた添加剤溶液を調製する際にはリン酸二水素ナトリウムを使用してNaOHのみを添加するほうが、イオン強度を最小限に抑えることができ、実験の再現性も向上する。クエン酸ナトリウム緩衝液や酢酸ナトリウム緩衝液などでも同様にNaOHのみを添加することでpH調整することが望ましい。

添加剤溶液の吸光度の測定

添加剤の中には紫外に吸収を持つものがある。例えばアミン基を持つ化合物は紫外吸収を持つことが多い。添加剤が紫外吸収を持つ場合、タンパク質濃度の評価が難しくなるため、あらかじめ各添加剤の吸収スペクトルを測定しておくと評価がしやすく失敗しにくい。

添加剤の選択:文献1も参照のこと

(i) 変性剤(グアニジンや尿素)

アミノ酸の中で最も効果の高かったアルギニンは分子内に平面構造のグアニジウム基を一つ有する。グアニジンは尿素と同様にタンパク質の変性剤として一般的に用いられている化合物である。これらの分子はタンパク質の疎水性側鎖やペプチド主鎖と良く相互作用するため、タンパク質の変性状態を天然状態に比べて相対的に安定化させるだけでなく、タンパク質分子間の疎水性相互作用を低下させて凝集を抑制する。グアニジウム基とウレイド基は変性剤のため、アモルファスな凝集もアミロイドなどの凝集も全て抑制すると考えられるが、実際はリフォールディング以外では凝集抑制効果を示さないことがわかっている。また、尿素は水溶液中では分解してシアン酸を生成するため、グアニジンを用いることが多い。

(ii) 界面活性剤

界面活性剤を臨界ミセル濃度以上にすることでタンパク質をミセル化させて可溶化することができる。しかしSDSなどの強力な界面活性剤はフォールディングを阻害し、タンパク質を変性させる。タンパク質に強く結合するため、解離させたい時にはシクロデキストリンやシクロアミロースを用いて除去する必要がある。

(iii) 安定化剤(オスモライト・コスモトロピック塩・ポリオールなど)

タンパク質の安定化剤として用いられるものに硫酸アンモニウムなどのコスモトロープ塩や糖やポリオールなどのオスモライトがよく知られている。これらの化合物はタンパク質を選択的水和させることで天然状態を安定化させる。しかし、高濃度のタンパク質溶液では分子間の会合も同時に促進するため、安定化効果より凝集促進効果が勝る場合があり、凝集を抑制したいという目的で使用する際は注意を要する。

(iv) アミノ酸

荷電性側鎖を有するアミノ酸にも熱による凝集抑制効果が見られる。なかでもアルギニンは、リフォールディングの添加剤として広く用いられるほか、熱による凝集も抑制する。通常のアミノ酸溶液であれば分解されることもなく腐りにくいため、ストック溶液を高濃度で調製し冷蔵保存しておき、使用の前にpH調整して用いれば試薬調製の手間が省ける。アミノ酸エステルやアミノ酸アミドなどのアミノ酸誘導体も熱による凝集を抑制することがリゾチームをモデルに調べられている1。

(v) アミノ化合物

熱凝集の抑制にはアミノ基が効果的に働くことが知られている。例えば、リゾチームを98℃で30分加熱すると90%以上が凝集するが、このタンパク質溶液にスペルミンやスペルミジンなどのポリアミンや1,3ジアミノプロパンなどのジアミンを数100 mM程度加えておくとほぼ100%凝集形成を抑えることが可能である2。

(vi) 高分子化合物

デキストランのような親水性高分子は、タンパク質を選択的水和させることで天然状態を安定化させ、ポリエチレングリコール(PEG)のような両親媒性高分子はタンパク質と選択的に結合することで変性状態を安定化させるといわれる。アルギニンやカオトロピック塩などの分子は、それだけでタンパク質の凝集を抑制することが可能であるが、両親媒性高分子を共存させると凝集抑制能が相乗的に増加することがある。例えば、100 mMアルギニンもしくは100 mg/ml PEG6000を添加した1.0 mg/mlリゾチーム溶液を98℃で10分間加熱すると、リゾチームの活性は10%程度しか保持されなかったが、これらを共存させると活性は70%程度保持された。同様の結果はリフォールディングによる凝集の抑制効果にも見られる。この理由はアルギニンやカオトロピック塩による疎水性側鎖の保護と両親媒性ポリマーによるタンパク質分子の衝突頻度の低下といった異なる働きがあり、相乗的な効果として現れていると考えられる。

溶解度の測定(添加剤との相互作用)

添加剤との相互作用を見積もる方法には、添加剤溶液中でアミノ酸(あるいはタンパク質など)の溶解度を調べる方法がある。緩衝液へのアミノ酸溶解度よりも添加剤溶液へのアミノ酸溶解度の方が高い場合、添加剤とアミノ酸の相互作用が大きく、反対に添加剤溶液へのアミノ酸溶解度の方が低い場合、添加剤とアミノ酸の相互作用は小さいと判断できる。同様にタンパク質の溶解度を測定すれば、タンパク質と添加剤との相互作用を見積もることができる。

溶解度を調べるには、添加剤溶液中に大過剰のアミノ酸やタンパク質など測定対象の物質を溶かし飽和させた後、十分に平衡状態になるまで静置し沈殿物を遠心分離やフィルターなどにより除去する。上清に含まれる物質の吸収を分光器で測定する。測定対象の物質と添加剤溶液の吸収波長が重なる場合はHPLCなどで分離して測定すると良い。吸光度が大きいときは、適宜緩衝液で希釈する必要がある。

pH

タンパク質は等電点から離れるほどネットチャージが大きくなり凝集しにくくなる。一方、等電点付近ではネットチャージがほとんどないため、静電気的反発力が弱まり凝集しやすくなる。そのため、タンパク質の熱凝集実験においてpHの選択は非常に重要である。凝集しやすいタンパク質の場合は等電点から離した条件で、反対に凝集しにくいタンパク質の場合は等電点に近い条件で実験することで、評価しやすくなる。

タンパク質濃度

タンパク質濃度はタンパク質溶液を扱う際には重要なパラメータである。なぜなら、凝集はタンパク質分子間の会合反応であるため、濃度依存的に凝集反応速度は増大するからである。したがって、タンパク質の凝集を扱う実験を行う際には、タンパク質濃度によって溶液条件を十分吟味する必要がある。例えば、低濃度で行う場合には凝集反応は進みにくくなるので、オスモライトや糖などのタンパク質安定化剤を用いて天然構造を安定化する方法が有効である。この方法は高濃度のときは逆に凝集反応を促進してしまうため、お勧めできない。高濃度のタンパク質を用いる場合は、凝集反応が進みやすいため、変性状態を安定化するグアニジンなどの変性剤や界面活性剤が有効である。しかし、これらの化合物はタンパク質を変性させる作用も持つため使用する場合には添加濃度に気をつける必要がある。アルギニンは最も汎用性のある万能薬である。タンパク質を変性させず、かつ、凝集を抑制するので広範囲の濃度条件で用いることが可能である。悩んだときは数100 mM添加するのがよいだろう。

実験例;リゾチームの熱凝集

以下に実験例として当研究室で行っているリゾチームを用いた場合の熱凝集実験を挙げる(2,3)。

1)サンプルの調製

分光光度計(ナノドロップテクノロジー社のND-1000)を用いてリゾチームを10 mg/mlになるように溶解させたリン酸緩衝液50 mM(pH 7.0)、および、アルギニンを溶解させたリン酸緩衝液50 mM(pH 7.0)、リン酸緩衝液 50 mM(pH 7.0)を混合し、全量200 mlでリゾチーム濃度を1 mg/mlとする。

2)加熱

調製したサンプル溶液を、サーマルサイクラーを用いて98°Cで10分間加熱する。リゾチームの変性温度はリン酸緩衝液 50 mM(pH 7.0)中で約80℃である。98℃で10分間加熱することでリゾチームの約90%が凝集し、ほぼ全てが失活する。加熱後、リゾチームを25°Cで20分間静置したのち、サンプルを遠心分離(14,000 rpm、20分)して凝集体を沈殿させ、上清を100μl分注する。

3)可溶性タンパク質濃度の測定

分光光度計を用いて上清画分のリゾチームのタンパク質濃度を決定する。可溶性タンパク質濃度は加熱していないリゾチーム溶液を100%としてそれに対する比で評価する。

4)残存活性の測定

リゾチームは細菌細胞壁に存在するN-アセチルグルコサミンとN-アセチルムラミン酸間のβ-1,4グリコシド結合を加水分解する酵素である。加熱したタンパク質溶液の上清に含まれるリゾチームの残存活性を定量するために細菌細胞壁ミクロコッカスルテウスの細胞壁の分解活性を測定する。

分光光度計を用いてリン酸緩衝液 50 mM(pH 7.0)にミクロコッカスルテウスを600 nmでの吸光度が1cmガラスセル中で1.0 Absになるように加える。

次にガラスセルに基質溶液1490μlと遠心後の上清のタンパク質溶液10μlを入れ、よく攪拌し、リゾチームの基質分解による600 nmでの吸光度の時間変化を測定する。測定時間は反応にもよるが、本実験条件では、1分から2分間で基質はほとんど分解される。基質分解の初速度を最小二乗法により近似直線で求め、リゾチームの活性の指標としている。残存活性は加熱していないリゾチーム溶液の酵素活性(基質分解の初速度の傾き)を100%としてそれに対する比で評価する。

残存活性が大きい場合、時間の経過に伴い基質分解の速度が減少していくため、基質とタンパク質を混合した後、手早く測定する必要がある。

文献

  1. 白木 賢太郎ほか.生物工学, 84, No. 10, 395-397(2006)
  2. Kudou, M. et al., Eur. J. Biochem. 271, 4547-54 (2003)
  3. Okanojo, M. et al., J. Biosci. Bioeng. 100, 556-61 (2004)